2009年4月6日月曜日
陰陽師からバリへ
バリ島は古くから多くの文化人類学者や芸術家たちを惹き付けてきたし、最近では多くの観光客を惹き付けている。文化人類学者にとっては、そのヒンドゥー教と土着宗教の混合した独特な宗教と稲作に根差すめくるめく祭礼の数々や生活様式が、芸術家にとっては、そのエキゾチックで洗練された、神々(そして人々)を楽しませるためにあるガムランの音や舞踏、演劇、絵画、彫刻が、そしてすべての人が‘芸術家’とも思えるようなその‘芸術的’な生活のあり方が、そして観光客にとっては(特に日本人には昔の日本を見るような懐かしさを感じさせる)美しい棚田や咲き乱れる花々、空気の中に漂う甘い花と線香の香り、微笑みを絶やさない褐色の肌をした美しい人々、リーズナブルな‘癒し’のスパが、その魅力であるかも知れない。惹き付けられる人の分だけ、その理由はある。
では私がこの島に惹かれる理由は何かと考えてみたときに、それは上記のすべてであるけれども、やはり魅力的な音楽と舞踏がある、ということが大きい。いつも音楽に惹かれて旅をしてきた。沖縄の音階(バリのと似ている)に惹かれて沖縄へ、ブラジル音楽に恋をしてブラジルへ(そして恋は永遠に冷めない)、ニューオーリンズのローリングピアノに惹かれてニューオーリンズへ(と、ここで私は”Dr. John Plays Mac Rebennack”をかける。ああ、ガンボ料理を食べながらころころ転がるニューオーリンズピアノを生で聴きたいものだ)。
もうひとつ大きな要素として、これはもっぱらここ数年私が興味を持って追いかけてきたことなのだけれども、端的に言えば、この島が「見えない世界に対峙する知の体系を持った社会」であるということが挙げられる。
数年前、ある巡り合わせから「陰陽師」に出会った。岡野玲子の漫画と夢枕獏の小説である。この作品は平安時代の実在の人物、安倍晴明を主人公にしたフィクションなのだけれども、「今昔物語」や「宇治拾遺物語」に題材を取っていて、ものすごくおもしろい。「今昔物語」や「宇治拾遺物語」なんて学校の歴史の授業で名前だけは習ったけれども退屈な「古典」だと思っていた。ところがどっこい、意外に通俗的だったり、奇想天外な話やまがまがしい話があったりして、生き生きとして本当におもしろいのである。これは「古事記」や「日本書紀」にも言えることなのだけれども。
さて陰陽道というのは、大和朝廷の頃日本に伝播した「国家安寧のために使用された秘宝秘術」であり、「蜥易、八卦、五行、十干十二支、天文、遁申、暦法、そして数々の呪り、巫術、呪禁などの複合技術」であって、飛鳥時代末期、天武天皇の時代には律令体制に組み込まれて「陰陽寮」という官庁が誕生した。陰陽寮は、陰陽道(国家・禁中に関する土地の吉凶判断や占いを行う)、暦道(暦作りを司る)、天文道(天文・気象を観測)、漏刻(時刻を管理)に分かれ、ここに務める陰陽師たちは国家公務員だった。(「安倍晴明 陰陽道 音霊占い 六神之奥義秘法」真山英子監修・執筆/扶桑社刊より要約・抜粋)
歴史の教科書にも登場する安倍晴明は、この陰陽寮で活躍した陰陽師であり、不思議な力を持っていたと言われ、謎の多い人物として知られる。
私はこの、闇がほんとうの闇だった時代、魑魅魍魎がうごめく百鬼夜行の世界、呪術や魔術合戦が繰り広げられる世界、天体の運行と人々の生活が密接なものであった時代、つまり「見えない世界に対峙する知の体系を持っていた」かつての日本にすっかり魅了され、安倍晴明を巡る旅までしてしまった。(そのときの記録はこちらです。興味のある方はご覧ください。)
http://picasaweb.google.com/riebrasileira/tDGenD#
日本の社会は‘発展’の過程で闇を追いやってしまったように見える。陰陽師が活躍した時代は遠い過去のものである。
ところが、バリではその世界が21世紀の今も生きている。人々は生活の3分の1くらいの時間を神々に感謝し、悪霊をなだめることに費やし、善と悪のバランス(まさに陰陽である)を取って生きている。バリ版陰陽師とも言うべき僧侶は、複雑な暦の体系に通じ、吉凶を占い、マントラを唱え手印を結んで儀式を司り、悪霊を祓う。バリアン(シャーマンとも呪術師とも訳される)は呪術や医術を司る。黒魔術が暗躍し、白魔術が応戦する。チャロナランという、祭礼のときに行われる善と悪の拮抗を表す劇の最中に、人々はトランス状態に陥る。僧侶や呪術師の「虎の巻」であるロンタルという古文書には、「暦のことのみならず、儀式、医学、魔術、歴史、文学、音楽、舞踏など、生活と芸術に関するあらゆる情報が記されている」(「バリ島不思議の王国を行く」大竹昭子・内藤忠行著 新潮文庫刊)。
バリの社会は日本が別の‘発展’の仕方をしていたら、こうなったかも知れない社会、パラレルワールドのようにも思える。まるで陰陽師の時代が現代に蘇ったかのようで、私にはまったく興味が尽きないのである。


