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2010年6月8日火曜日

日本滞在後記

なぜあの28日間のことを書き留めておかなければと思ったのか。
ものすごく忙しかったけれども、一体毎日何をしていたのかというのを確認しておきたかったからか。今日こんなにお金を遣ったけれども、一体何に遣ったのかを確認するために家計簿をつけるように。
それもある。
けれども根はもう少し深いところにあるようだ。
突き詰めてみるとそれは、ずっと棚上げにしてきた、自分の持ち物をどうするかという問題に直面せざるをえなくなり、結果的にどう対処したのかということを確認しておきたかった、ということのように思う。

スナフキンのように小さなリュックサックとギターひとつで飄々と放浪するとまでいかなくとも、私の周りには自分と一緒に移動できるほどの荷物しか持たずに生活している人が、男女を問わず結構いる。
そんなふうになれたら身軽で自由だろうなあと思う一方で、そうなるには私には物への執着がありすぎるのだった。
今まで実家にたくさんの荷物を預かってもらったまま、移動生活をしてきたが、それはモラトリアムというもので、実家が狭くなるという物理的な問題が生じて初めて、今までふたをしてきた問題を突きつけられたのだった。

今回実家の荷物を整理しなければならないということになって、まず思ったのは、自分の拠点がほしい、ということだった。自分の拠点があれば、そこに自分のものを置いて、誰にも迷惑をかけず、そこから旅をしてそこに戻って行ける。けれど現実的に(経済的に)今の時点でそれは難しかった。
どこかに拠点を構える見通しも立たず、身の回りの荷物だけで暮らす決心もつかず、結局明確な方針がないまま荷物整理に突入することになった。

それでとにかく今回は、両親の住空間を占領しないように、できるだけ物を減らすことに努めた。
指針になったのは、大学時代の友人Aちゃんのお母さんが言ったという「死んだらゴミよー」という言葉だった。Aちゃんのお父さんが亡くなったとき、お父さんのものをどんどん処分したお母さんの言葉だそうだ。

思い出だけで取ってあって、今後使うことがないだろうものは、とにかく心を鬼にして処分することにした。手紙も、日記も、旅の資料も、旅先で買った絵葉書も、ライブのフライヤーも、写真のネガも。幼い頃のバレエ着も、中高時代の体操部のウェアも、旅先で買ったもう黄ばんでしまったTシャツも。修学旅行の資料も、同級生や後輩の寄せ書きも、賞状も、メダルも。カセットテープも、アナログレコードも、聴かないCDも。本も、雑誌も、コンサートや映画のパンフレットも。楽器も。

処分と言っても、思い入れのあるものやまだ使えるものをただ捨てるということができないのが私の性分で、これがこれだけ忙しかった原因でもある。
とにかくできるだけゴミにはしたくなくて、
一般書は古本屋をあたり、友だちにあげられるものはあげ、
雑誌やパンフレットはサブカル系の古書店を探し、
楽器は中古楽器買取屋を探し、楽器屋で引き取ってもらえないものは友だちをあたり、
レコードはアナログレコード買取屋を探し、
CDは中古CD屋をあたり、
ネットで検索して、問い合わせて、だめで、また他を探して、問い合わせて、梱包して、発送して、という作業の繰り返しだった。

こうして売っても二束三文だけれども、ゴミになるよりはいい。どこかで役立ててもらえるならその方がいい。

ネットオークションをやればいいようなものだが、一時期ネットオークションによるトラブルの相談室で仕事をしていたことがあり、罵り合いとか脅迫にまで至る恐ろしい事例ばかり見ていたため、どうしてもやる気にならない。もちろんハッピーな事例の方が多いのだろうけど、今回は時間的な制限もあり、そのオプションは排除した。

燃えないゴミとして捨てることに環境的に抵抗のある電子機器類は、送料を自己負担してリサイクル業者に引き取ってもらったり、メーカーに持ち込んだりした。

こうして最終的に、荷物の量は4分の1くらいにはなったのではないだろうか。
それでもまだ衣類、靴、バッグ、本、書類、CD、楽器、電化製品、写真、卒業アルバム、卒業証書など、結構残っている。

こうして考えてみると、私は何と多くの物を持っていることだろう。
引っ越しとか事あるごとに整理はしてきたつもりでも、そのとき「大事だから取っておく」と決めたものが当然のことながら年齢を経れば地層のように積もっていく。
どこかで意を決して処分していかないと、物が溢れかえることになる。

4月にコンピュータのハードディスクがクラッシュしたとき、過去3年半分のデータを一気に失った。頭の中が真っ白になったけれど、今後の仕事に関係する部分は何とか1週間くらいで復旧できたし、以外と過去を失っても何とかなるものだという経験をした。これは象徴的なできごとだった。

仕事の記録を失っても、仕事をしたという実績が消えるわけではない。
同じように、思い出のあるものを処分したからと言って、思い出がなくなるわけではない。
思い出はものにではなくて、心の中にある。
そう頭では分かっているのだけれど...

やはり過去のものが何もなくなるというのも味気ない気がして、捨てられなかったものもいろいろある。
当面は使わないけれども、また使うときに買い直すのはお金がかかるなあと思って取ってあるものもいろいろある。

ずっと棚上げにしてきた問題にひとまず区切りをつけることができて、それなりの達成感はあるのだけれど、スナフキンの境地はまだまだ遠い。


荷物の整理という目的はあったものの、今回の帰国はちょうど良いリセット・リフレッシュ期間になった。

暑くもなく寒くもなく、湿気もなく、肌を刺す虫がいない5月の気候は、熱帯疲れの体には心地よかったし、
バリの悪い面が自分の中でクローズアップされてきた時期だったので、何もかもがきちんとしている日本の良さを実感したし、
和食はやっぱりおいしいし、
毎日浴槽に浸かれたし、
家族や友だちにも会えたし。

ハードディスクのクラッシュの影響を復旧できたのも良かった。
すべて失ってしまった音楽データも、毎晩夕食後に黙々と500枚近いCDを読み込んで復旧させた。
クラッシュですべてのデータを失った教訓から、ハードディスクのバックアップ用と音楽データ用に2つの外付けハードディスクを入手し、ハードディスクのバックアップは習慣づけるようにした。
コンピュータのハードディスクを軽くするために、音楽データは外付けハードディスクで管理することにして、DVDにバックアップも取った。
PC用のポータブルスピーカーも入手し、上質な音とは言いがたいが、少しはましな音で音楽が聴けるようになった。

実家にネット環境があることが分かったので、意外な展開でハードディスク無料交換になった私の旧MacBookを母にあげて、メールとスカイプのアカウントを作り、基本的な操作を教えてきたことも、実家とのコミュニケーションに大進歩をもたらした。
携帯メールがようやく最近打てるようになったばかりの母は、最初はとても無理と拒否反応を示していたが、先日はスカイプにも成功したし、メールもちゃんと漢字変換したものが返ってくるようになり、日々進歩している。

帰国直前に犬に噛まれるというアクシデントから5回にわたるワクチン接種が必要になったときは不運だと思ったが、決まった日に東京に行かなければいけなくなったことで、ともすれば荷物整理に埋没して煮詰まりそうだったのを救い出され、友だちに会ってリフレッシュできた。
それに今回の狂犬病ワクチンは2年間有効だということも分かり(今まで狂犬病ワクチンは1ヶ月くらいしか有効期限がないと思い込んでいた)、狂犬病多発地帯に暮らす身としては備えができて、かえって良かった。

この28日間の間に、口蹄疫が宮崎牛に壊滅的な打撃を与え、iPad発売フィーバーがあり、普天間基地移設問題で鳩山内閣が退陣し、管内閣が誕生し、ワールドカップ熱が盛り上がりを見せ始めた。ニュースは日々移り変わり、世間や時代が形成されていくけれど、短期間の滞在で見聞する母国のそれは、ひとつひとつがとてもビビッドだ。

帰国前に作った「日本に帰ったらやりたいことリスト」は、結局荷物整理に忙殺されてほとんど達成できなかったが(温泉に行きたいとか、富士山に行きたいとか、ラーメン食べたいとか、六本木にサルサ踊りに行きたいとか、図書館で本を読みまくりたいとか)、それは次回への楽しみに取っておこう。

やはり私は日本生まれ、日本育ちなので、日本に自分の根っこがあって、外に出っぱなしだとエネルギーがだんだん枯渇してくるのかもしれない。時々帰って自分の根っこに繋がって充電すると、またエネルギーが溜まってきて元気になる、そういうことなのかも知れないなあと今思う。

最後に細野晴臣翁の言葉を借りて、「この次はモアベターよ!」

2010年6月7日月曜日

さよならニッポン

成田空港にて搭乗待ち。

空港はいつでも胸高鳴る場所。


2010年6月6日日曜日

さよならピアノ


午前11時過ぎ、Mlちゃんの同僚でペルー人のAさんが大型の車でデジタルピアノを引き取りにくる。だんなさん、息子、だんなさんの家族も一緒だ。Aさん以外は全員ブラジル人だと聞いて、ポルトガル語で話そうとするのだけれど、思うように言葉が出てこない!ピアノを車に運び入れたら、人が乗るスペースがほとんどなくなってしまった。体を縮めてどうにか全員乗りこみ、帰って行くAさん一家を見送る。さよならピアノ。ピアノがなくなった玄関が急に広くなった。

午後2時頃、Mlちゃんが来る。渡し忘れていたお土産などを渡し、不要品の中から必要なものがあるかみてもらう。会社で使うだろうと段ボール1箱分の書類用ファイルを引き取ってくれた。

それからMlちゃんの車で出かける。疲れていて、とてもコーヒーが飲みたい。珈琲館で甘いクリームののったコーヒーを飲む。

華蔵寺公園へ。公園の中をぐるぐる散歩しながらおしゃべりをする。
日系ブラジル人3世のMlちゃんとは知り合ってもう15年ぐらいになるだろうか。私が地元に帰って日系ブラジル人対象の日本語教室を開いていたときに知り合った。日本の入管法が改正になって日系ブラジル人がどっと日本に出稼ぎに押し寄せ始めたとき、Mlちゃんもお姉さんを頼ってサンパウロからやってきた。その後お姉さんはブラジルに帰ってしまったが、Mlちゃんは一人で日本に残り、以来20年ずっと日本で真面目に働いている。
日系人と言っても3世ともなれば日本語はほとんどできない。Mlちゃんも来たときは日本語がほとんどできなかったと言うが、人一倍のがんばりやさんで、今や日本語能力試験1級を取り、働きながら地元の夜間高校を卒業し、医療系の通訳ができるまでになった。
大家族のMlちゃんは家族思いで、自分よりもいつも家族のことを優先してきた。そのMlちゃんが始めて来週スペインにいる友人を訪ねて旅行に行くという。Mlちゃんのなかで何かが吹っ切れたのだろう。良かったなあと思う。

出稼ぎブラジル人の多い伊勢崎市にはブラジル人用スーパーもあり、ブラジル食材も買えて楽しい。Mlちゃんが私の家族にとPão de Queijoを買ってくれる。Pão de Queijoというのはブラジルではポピュラーなもちもちしたチーズパンだ。それから二人でchurrosを食べる。churrosというのは細長い砂糖をまぶしたドーナツみたいなもので、中の中空部分に甘—いクリームが入っている。頭がキンキンするほど甘い。ブラジルの味だ。


Mlちゃんに家まで送ってもらい、別れる。

夜はまた母にコンピュータを教える。スカイプ、メールを見ることはどうにか大丈夫そうだ。後は毎日少しずつでもキーボードに慣れていけば、だんだん打てるようになりそうだ。
なぜか大事なCDのデータがiTunesライブラリから抜け落ちていることが分かり、慌てて読み込みを行なう。気づいて良かった!

2010年6月5日土曜日

iTunesデータを外付けハードディスクに移す

朝一番で歯医者へ。クリーニングしてもらう。


月曜日の空港までの高速バスのチケットを予約、購入。


地元の電気量販店で音楽データ用にポータブルハードディスクを購入。

iTunesの楽曲データをポータブルハードディスクに移す作業を試みるが、DVDに保存したmp3データを単純にポータブルハードディスクに移すのではだめなのだった。ネットでやり方を検索し、結局、DVD8枚ほどの楽曲データを、またいったんコンピュータのハードディスクに戻し、その上でiTunesライブラリごとポータブルハードディスクに移したら、ようやくうまくいった。


母にコンピュータの使い方を教える。携帯メールがやっと打てるようになったばかりの母に、コンピュータのキーボードを覚えてもらうのは大変だが、ローマ字入力よりは50音入力の方がピンと来るようなので、50音入力に設定する。50音入力なんて未知の世界だ!

2010年6月4日金曜日

さよならシーケンサー/市役所へ


海外旅行保険会社に連絡し、狂犬病ワクチン接種の料金を請求するための書類を作成、送付する。

とうとう引き取り手の見つからなかったシーケンサーはPCリサイクル会社に問い合わせ、送料自己負担で送る。
スピーカーの方はもう一台のデジタルピアノ用に保管することにした。

市役所に行き、転出届を提出する。年金の任意継続は手続きが煩雑なためやめ、保険証は空港から郵送で返却することにする。

母にコンピュータの使い方を教え始める。メールとスカイプだけでも使えるようになってもらえればと、まずは母のメールとスカイプのアカウントを作る。

2010年6月3日木曜日

最後の狂犬病ワクチン接種

朝Kさんがお出かけ前に訪ねてきてくれ、自家製のお味噌とパンを持たせてくれる。天然酵母を使ったKさんのパンはとてもおいしい。お味噌も楽しみだ。JさんとKさんに、昨日用意したささやかなお礼の品を渡す。

荷造りしてJさんに挨拶し、チェックアウト。


Kさんに教えてもらった近所の有機食品の店へ。Kさんがバリに持ってきてくれたお味噌と粉末出しがものすごくおいしかったので、同じものを買って帰りたかったのだが、お味噌は重くて泣く泣く断念。粉末だしと梅干しだけ買う。店員さんに「あの、もしかしてバリにお住まいの方ですか」と声をかけられる。Kさんが話をしていてくれたらしい。


たまプラーザの駅ビルでMgちゃんと合流し、お茶する。


Mgちゃんと別れ、駅ビルで少々買い物をした後、三軒茶屋の「天や」で腹ごしらえ。


日比谷の病院で最後の狂犬病ワクチン接種を終了する。


有楽町のビックカメラへ。

PC用ポータブルスピーカー、充電池セット、保温ポットを購入。

デジタルピアノ売り場で、一見ホームレスのような身なりのおじさんが見事なショパンを弾いているのを見かけて感心した。後で母に聞いたら、テレビ等でも取り上げられたことのある有名なおじさんらしい。


新宿へ向かい、高速バス乗り場近くのアウトドアショップでバックパックとお財布を購入。

高速バスで伊勢崎へ帰る。

2010年6月2日水曜日

同業者の皆さんとの集い

今日は以前働いていた会社の同僚と青山でランチ。私のリクエストにより和食屋で集合した。


チェコで生まれ育ったOさんは優秀な通訳で、現在は別の会社で活躍している。

Sちゃんはフリーの日英翻訳家/通訳として活躍している。まだ若いのに3人の子どもを持つたくましいお母さんだ。今日も生まれたばかりのRくんを連れてきている。

Rくんは全然人見知りしない、にこやかな赤ちゃんで、抱っこさせてもらうと、ミルキーな赤ちゃんの匂いがする。かわいい。


近況を報告し合い、会社に戻るOさんを見送り、Sちゃんと少しお茶した後、子どもが学校から帰ってくる前に帰らないとというSちゃんを表参道で見送る。


次の約束の7時まで何をしようかなあと考え、おみやげや必要な買い物を済ませることにする。

まずはスパイラルへ。2階のスパイラルマーケットでお土産を物色。

その後渋谷の東急ハンズに向かい、自分のものやら父の日ギフトやらを購入。

前日ほとんど寝ていないので、かなり眠い。Zegafreddoでカプチーノを飲むが、座ると余計眠気が襲ってくるので、早々に店を出て、早めに次の待ち合わせ場所下北沢に向かい、さらにお土産を物色。


7時過ぎに元外人ハウスの住民で、今は仕事でもお付き合いのあるLに会う。

Lはアメリカ人だが、お母さんはメキシコ人、お父さんはポルトガル系で、英語、スペイン語、日本語を流暢に話す、優秀な日英翻訳者だ。

私のリクエストで和食居酒屋に連れて行ってもらった。ここが何を食べても感動的においしい。やっぱり和食は最高だ。おいしい料理をいただきながら、楽しくお喋りしていたら、あっという間に時間が経った。私が貧乏話をしたせいか、気を遣っておごってくれたL、ごめんね、そしてありがとう!


宿泊先のたまプラの外人ハウスに戻り、ぐっすり眠る。

2010年6月1日火曜日

外人ハウス同窓会


今日はまだこれからたまプラーザの外人ハウスで、元住人のMhちゃん&Mgちゃんに会うことになっている。Mhちゃんはもうすぐカナダに移住してしまうので、今日会わないと会えないのだ。


鷺沼でMkさんと別れ、11時過ぎにたまプラーザの外人ハウスに到着する。


部屋に荷物を置いて、管理人室に行くと、Mhちゃん、Mgちゃんだけでなく、オーナー夫妻のJさん、Kさんも集まってくれている。さらに元住人のIさんも来てくれるという。こんなに本格的な宴会になるとは思わなかったのでびっくりだ。


楽しい宴は朝まで続き、白々と夜が明ける頃お開きとなった。

阿部浩二さんソロギターライブ


阿部浩二さんはブラジル音楽を中心に様々なバンドで活躍する素晴らしいギタリストだ。私がブラジルから帰ってきたばかりの頃、四ッ谷のサシペレレで演奏していた阿部さんと知り合って以来、もう18年来のお付き合いになる。

今回一時帰国が決まって、その間に阿部さんのギターをじっくり聴けるライブがあるか阿部さんに聞いたら、今ひとつなかった。けれども近々ソロライブをやる話があって、もしかするとその前哨戦をブッキングするかも知れないという話だったので、だめもとで待っていたら、それが実現したのだった。

もう20年以上プロ活動をしている阿部さんだけれど、ソロライブは今回が初めて。記念すべき夜だ。

ブラジル音楽の中でもメジャーでない作品を積極的に取り上げ、その他ピアソラやオリジナルなど、阿部さんらしい渋い選曲で、心地よい2ステージを終えた。

阿部さんに別れを告げ、Mkさんと帰路につく。

大福ガール


今夜は楽しみにしていたギタリスト阿部浩二さんのライブが下北沢であるため上京する。

それに合わせて、ウブドで知り合った画家Mkさんとランチの約束をした。

Mkさんは日本の美大を出てから、バリ島デンパサールの芸術学校に1年間国費留学した。その後私費でウブドにとどまり、本業の絵画にとどまらず、音楽、舞踏とバリの芸能をどん欲に吸収し、一方ではバリの子どものための教育プロジェクトを立ち上げて、子ども図書館まで作ってしまった、というおもしろい人である。2年半のバリ生活を終え、つい先日帰国したばかりだ。

偶然Mkさんの家が、私が住んでいたたまプラーザの隣の鷺沼であることが分かり、たまプラのレストランで待ち合わせしたのだが、この日ご家族に緊急事態が発生し、待ち合わせを遅らせてほしいとの連絡が入った。

そこでいったんたまプラの外人ハウスにチェックインし、夕方まで何をしようか考えて、二子玉川の天然温泉に行くことにした。

ひと風呂浴びて夕方、二子玉川駅のホームでMkさんと待ち合わせた。

長身だということもあるのだが、はつらつとして個性的なMkさんの存在感は人混みの中にあっても際立つ。

ライブが行なわれる下北沢に向かう途中の渋谷駅でMkさん、お腹が空いているので何か食べてもいいですかと聞く。もちろんどうぞと言うと、大福屋に突進して大福を買う。売り子さんが包もうとするのを「あ、包まなくていいです!そのまま食べます!」と慌てて制し、歩きながら大福をほおばっている。20代の女の子で、歩きながら大福を頬張るのはMkさんくらいではなかろうか。


これに限らず、Mkさんはなんか昭和なのである。名前からして昭和の女優さんみたいだし、顔も吉永小百合にちょっと似ている。

しかも彼女は「七人の侍」をこよなく愛し、三船敏郎をアイドルとしている。

私はこの有名な黒澤作品を、初めてMkさんと観た。しかもMkさんが交通事故を起こしたその日の夜、 私の部屋で、Mkさんが買ってきてくれたプリンとシュークリームを頬張りながら、3時間半に及ぶこの大作を黙々と観たという不思議な思い出がある。

脱線したが、さて今夜はそのMkさんにライブに付き合ってもらう。まずは韓国料理屋で腹ごしらえし、会場へと向かった。

2010年5月31日月曜日

運転免許の期間前更新へ

朝、ディスクユニオンへクロネコヤマトの着払いで荷物を発送する。

今年9月の誕生月に運転免許の更新が来るので、期間前更新をしておくことにする。まず市役所へ住民票を取りに行き、電車で新前橋の交通センターへ。ちょうど地元伊勢崎駅の高架化工事が完了し、新駅第一日目なのだった。この駅から通学していた高校の頃とは様変わり。
交通センターは平日だというのにすごい人。ベルトコンベアーのような流れ作業で、写真撮影や目の検査などを済ませ、30分ほどの優良運転者講習を受けて、無事新免許交付。問題は期間前更新をすると免許の有効期限が短くなってしまうことだ。更新してから5回目の誕生日が有効期限になるので、私の場合は1年近く短くなってしまう。

ブックオフから5/21に発送した2箱の査定通知がくる。2箱で3,000円いかない。値段がついたものは63点で、値段がつかないものが78点と、値段がつかないものの方が多いのだった。本当にブックオフに本を売るというのは二束三文なのだなあ。

2010年5月30日日曜日

荷物整理、峠を越える

アナログレコード買取業者から査定額の連絡。LP, EP合わせて60枚ほどで2,500円とのこと。承認して振込依頼。

CDの整理に入る。手放すものを選り分け、mp3データとしてコンピュータに読み込ませるものはどんどん読み込ませ、4GBくらいになったらDVDに移すという作業を黙々と繰り返す。
ディスクユニオンに問い合わせて売る準備をする。
問題はCDをほとんどすべてソフトケースに移し替え、ハードケースを廃棄(ハードケースを多用する友だちの職場に譲渡)してしまっていたこと。ディスクユニオン曰く、ケース代がひかれるので値段がつかなくなることも多いが引き取ってはくれるとのこと。家中のハードケースをかきあつめて移せるだけ移したが、かなりの枚数がソフトケースのままになってしまった。
最終的にCD100枚ほどと音楽系書籍10冊ほどを梱包した。

上の弟一家が遊びにくる。作業しながらだが、良い気晴らしになった。

最後に書籍類を再チェック。さらに段ボール一箱をBook Offに売ることにして、発送準備する。言語学関連の専門書籍数冊は人文系の古書店に問い合わせてみたが返事がないので、売れないだろうとは思ったがBook Off行きの箱に入れた。

キープしておく書籍、書類、CDを階段下の物入れへ入れるとスッキリ収まった。
やっと峠を越えたなあ。

2010年5月29日土曜日

ようやく歯医者へ

歯医者に行くつもりで転入届を出したのに、今まで行く時間がなかった。出国まで1週間ちょっととなり、慌てて朝一番で近所の歯医者へ。全体的なチェックとクリーニングをお願いする。大きな問題はないとのことで一安心。クリーニングのためもう一度来るようにとのこと。


書類整理を続行。仕事関係の書類や役所関係の書類をあたって、保管期限を過ぎたものなどは破いて捨てる。


昨日シンセとドラムマシンを送った渋谷の楽器屋から、最終的な査定結果の通知がある。シンセの方は1,000円下がったが、ドラムマシンは仮査定額通り。


たくさんあるシールド類はどうしようかと考え、街の音楽スタジオに電話して、欲しいか聞いてみる。引き取ってくれるとのことなので、持って行って寄付する。


夜はCDの音楽データをいったんコンピュータに読み込ませ、4GB近くなったら、DVDに移す、という作業を続ける。

2010年5月28日金曜日

さよなら、シンセとドラムマシン



渋谷の楽器買取業者から梱包キットが送られてくる。両親に手伝ってもらってシンセを厳重に梱包。まるでクジラを埋葬しているみたいだ。梱包後、ドラムマシンと一緒に、佐川急便の着払いで発送する。

書類整理を続行。
必要な情報はスキャンして処分。
旅先で買い集めた大量の絵葉書などもすべて資源ゴミに。

神保町のサブカル古書店から査定額の連絡あり。雑誌、本、ツアーパンフ類、DVDなど段ボール1箱送って3,000円とのこと。送料が自己負担で1,300円かかったので、実質1,700円ということだがまあ仕方がない。承認の旨、返信する。

電子辞書の修理見積の連絡あり。4,000円弱とのこと。結構高いのでiPhoneとコンピュータに入れている辞書で間に合わせることにして、修理せず廃棄を依頼。

夜は音楽CDをいったんコンピュータに読み込ませ、4GB近くなったら、DVDに移す、という作業を続ける。

2010年5月27日木曜日

さよなら、レコード

アナログレコード買取業者より査定額の連絡がある。LP、EP合わせて50枚ほどで2,000円とのこと。小学校のとき初めて買ったシングル盤、ハイファイセットの「フィーリング」、お小遣いを貯めては一枚一枚買いそろえた原田真二の「シャドーボクサー」、「タイムトラベル」、アートワークも楽曲も最高に気に入っていたユーミンの「パールピアス」...手放すのは切ないが、心を鬼にして箱詰めした。さらに出てきた10枚ほども追加して、指定の通り、梱包して佐川急便の着払いで発送する。

シンセとドラムマシンの輸送についてクロネコヤマトに問い合わせたところ、楽器は引き受けられないとのこと。系列会社のヤマト便の方に問い合わせるように言われ、そちらに問い合わせるが、対応が不親切で料金も高い。渋谷の楽器買取業者に相談すると、梱包キットを送るから、それで梱包して佐川急便の着払いで発送するようにとの指示。

今週末は以前住んでいた外人ハウスのオーナーさんご夫妻と元住人の友人たちと、仙台近郊の陶芸家さんの窯焚をお手伝いにいく予定だったが、荷物整理が佳境に入っていて時間に余裕がなく、残念ながら参加を断念し、その旨連絡する。

午後は仕事。

大阪の楽器買取業者にシーケンサーとキーボード用スピーカーの買取について念のため問い合わせを入れる。すぐに返信が来て、やはり不可とのことだが、丁寧な対応に感謝する。

夜はCDの音楽データをいったんコンピュータに読み込ませ、4GB近くなったら、DVDに移す、という作業を続ける。

2010年5月26日水曜日

楽器の買取/引取先見つかる

朝、神保町のサブカル古書店に荷物一箱を発送する。

小中学校時代の同級生のKくんにピアノが欲しい人が周囲にいないかメールしてみる。

書類整理を続行。
旅の記念に取っておいた資料などもすべて処分する。日記の類いはすべて破いて燃えるゴミへ。
スキャナーの利用を思いつき、取っておきたい情報はスキャンして捨てることにした。もっと早く気づけば良かった。でも気づいていたらいたで、きりがなかったかも知れない。

夕方、気晴らしも兼ねて音楽データバックアップ用のDVD-Rを買いに自転車で20分ほどのショッピングモールへ。おいしそうなたい焼き屋を見つけて買ってみると、これがすごくおいしい。しっぽまであんこが詰まっていて、皮がパリパリ。今まででベスト3に入る。思わずこっそり母にお土産に買って帰る。なぜこっそりかと言うと、父は糖尿病で厳しい食事制限があるのだ。帰り道は雨に降られ、びっしょり濡れてしまった。

夜になって、昨日問い合わせを入れた渋谷のデジタル楽器買取業者から、シンセとドラムマシンにそれなりの査定額をつけてくれ、送料も負担してくれるという朗報が入る!
続いてMlちゃんからも連絡があり、ペルー人の同僚にピアノの写真を確認してもらったが、やはり欲しいと言っているとのこと。私の出国前日の6/6(日)に引き取りに来ることが決まった。
これで大きな楽器の行き先が決まり、本当にホッとした。

残るキーボード用スピーカーとシーケンサーについては、友人何人かにあたってみるが、望み薄の模様。

アナログレコードも手放す決心をし、買い取ってくれる業者を探す。レコードのリストを作成・送付して、査定依頼。

コンピュータに読み込ませた音楽データをDVDに移す作業を開始。

2010年5月25日火曜日

楽器買取/引取先を探す

朝、デジタルピアノ、シンセサイザー、ドラムマシン、シーケンサー、キーボード用モニタースピーカーを売りに出すため、動作確認する。すべて問題無し。あたりをつけていた中古楽器買取業者に電話するが、全て買取不可との返事が来て大ショックを受ける。他にも楽器店を何軒かあたってみるが、全滅。途方に暮れる。

気を取り直して、昨年壊れた電子辞書のメーカーに連絡を取り、修理見積りのため郵送する。
また2機前の液晶が壊れたiBookをメーカーのリサイクルに出すべく調べたところ、リサイクル法施行前の機種なので、手続きが面倒な上に、費用が3,000円ほどかかることが分かり、何か良い手はないものかと調べていたら、無料でハードディスクのデータを消去しリサイクルしてくれる業者が見つかった。送料は自己負担になるが、そちらに送る。
バッテリーが死んでしまった旧携帯電話と充電器をソフトバンクのショップまでリサイクル用に持って行く。

書類整理を続行。
ファイリングしておいた昔のライブのフライヤー、旅の資料類、ピースボート時代の資料などもすべて処分。
資源ゴミの箱がどんどんいっぱいになっていく。

以前問い合わせを入れた神保町のサブカル古書店に電話。「サウンドール」、YMOその他音楽系のツアーパンフレットや書籍、ゲルニカのDVDなどもまとめて引き取ってもらうことにして、発送準備。(今思うと音楽書籍やDVDはディスクユニオンにしておけば良かったと後悔。ディスクユニオンの方が一点一点公正な査定をしてくれる。)

友だちのマーラちゃんにデジタルピアノを欲しい人が周りにいないか聞いてみると、会社の同僚にいるかも知れないという。確認のため写真を送り、返事待ち。
飲み屋をやっている上の弟にも、デジタルピアノを欲しい人が周囲にいないか探してくれるよう頼む。

映画や舞台のパンフレット類について、神保町のパンフレット専門の古書店を探し、問い合わせを入れてみるが、稀少品でないとまったく値がつかないということが分かり、資源ゴミとして処分することに。

夜は相変わらず黙々とCDの読込みを続行。

さらにデジタル楽器の買取業者を調べ、大学の先輩Nさんに教えてもらった神戸の業者含め3社ほどに問い合わせメールを入れる。
神戸の業者さんからすぐに丁寧な返信があるが、送料の方が高くついてしまう査定額だったため断念。またまた途方に暮れる。
昔一生懸命アルバイトして買った思い入れのある楽器を、壊れているわけでもないのに粗大ゴミに出すなんて想像するだに耐えがたく、気になって眠れない。

2010年5月24日月曜日

荷物整理、佳境に入る

仕事が昼過ぎに終わり、荷物整理を再開する。書類の整理に着手。

小中高時代のクラス名簿、クラスや部活の寄せ書き、修学旅行のファイル、賞状やメダル、大学時代のサークル関係の印刷物などなども思い切って処分。
写真のネガも、もう焼き増しするということもないだろうと、思い切って処分。
名刺や連絡先の書いてあるもの、内容を人の目に触れさせたくないものなどは燃えるゴミへ。それ以外のものは資源ゴミ用の箱を作ってそちらに入れていく。

夜、楽器を売る準備のために、弟の家に預かってもらっていたデジタルピアノを両親の家に運び込む。これが予想外に大変で、弟のお嫁さんにまで手伝ってもらって大騒動。玄関前の廊下にデジタルピアノが鎮座する。

黙々とCDの読込み作業続行。

2010年5月23日日曜日

仕事の一日

一日仕事で、荷物整理は一時お休み。

夜は相変わらず黙々とCDの読込み作業。

2010年5月22日土曜日

群馬へ帰る/仕事

朝、外人ハウスをチェックアウトし、たまプラーザのドトールコーヒー(日本に帰ったら行きたかった店のひとつ!)で朝食を取り、新宿へ向かう。

ビックカメラでハードディスクバックアップ用のポータブルハードディスクを購入。

高速バスで群馬へ帰る。

午後は仕事のため、荷物整理は一時休戦。

夜は相変わらずCDの読込み作業。