2010年5月31日月曜日
運転免許の期間前更新へ
今年9月の誕生月に運転免許の更新が来るので、期間前更新をしておくことにする。まず市役所へ住民票を取りに行き、電車で新前橋の交通センターへ。ちょうど地元伊勢崎駅の高架化工事が完了し、新駅第一日目なのだった。この駅から通学していた高校の頃とは様変わり。
交通センターは平日だというのにすごい人。ベルトコンベアーのような流れ作業で、写真撮影や目の検査などを済ませ、30分ほどの優良運転者講習を受けて、無事新免許交付。問題は期間前更新をすると免許の有効期限が短くなってしまうことだ。更新してから5回目の誕生日が有効期限になるので、私の場合は1年近く短くなってしまう。
ブックオフから5/21に発送した2箱の査定通知がくる。2箱で3,000円いかない。値段がついたものは63点で、値段がつかないものが78点と、値段がつかないものの方が多いのだった。本当にブックオフに本を売るというのは二束三文なのだなあ。
2010年5月30日日曜日
荷物整理、峠を越える
CDの整理に入る。手放すものを選り分け、mp3データとしてコンピュータに読み込ませるものはどんどん読み込ませ、4GBくらいになったらDVDに移すという作業を黙々と繰り返す。
ディスクユニオンに問い合わせて売る準備をする。
問題はCDをほとんどすべてソフトケースに移し替え、ハードケースを廃棄(ハードケースを多用する友だちの職場に譲渡)してしまっていたこと。ディスクユニオン曰く、ケース代がひかれるので値段がつかなくなることも多いが引き取ってはくれるとのこと。家中のハードケースをかきあつめて移せるだけ移したが、かなりの枚数がソフトケースのままになってしまった。
最終的にCD100枚ほどと音楽系書籍10冊ほどを梱包した。
上の弟一家が遊びにくる。作業しながらだが、良い気晴らしになった。
最後に書籍類を再チェック。さらに段ボール一箱をBook Offに売ることにして、発送準備する。言語学関連の専門書籍数冊は人文系の古書店に問い合わせてみたが返事がないので、売れないだろうとは思ったがBook Off行きの箱に入れた。
キープしておく書籍、書類、CDを階段下の物入れへ入れるとスッキリ収まった。
やっと峠を越えたなあ。
2010年5月29日土曜日
ようやく歯医者へ
歯医者に行くつもりで転入届を出したのに、今まで行く時間がなかった。出国まで1週間ちょっととなり、慌てて朝一番で近所の歯医者へ。全体的なチェックとクリーニングをお願いする。大きな問題はないとのことで一安心。クリーニングのためもう一度来るようにとのこと。
書類整理を続行。仕事関係の書類や役所関係の書類をあたって、保管期限を過ぎたものなどは破いて捨てる。
昨日シンセとドラムマシンを送った渋谷の楽器屋から、最終的な査定結果の通知がある。シンセの方は1,000円下がったが、ドラムマシンは仮査定額通り。
たくさんあるシールド類はどうしようかと考え、街の音楽スタジオに電話して、欲しいか聞いてみる。引き取ってくれるとのことなので、持って行って寄付する。
夜はCDの音楽データをいったんコンピュータに読み込ませ、4GB近くなったら、DVDに移す、という作業を続ける。
2010年5月28日金曜日
さよなら、シンセとドラムマシン
渋谷の楽器買取業者から梱包キットが送られてくる。両親に手伝ってもらってシンセを厳重に梱包。まるでクジラを埋葬しているみたいだ。梱包後、ドラムマシンと一緒に、佐川急便の着払いで発送する。
書類整理を続行。
必要な情報はスキャンして処分。
旅先で買い集めた大量の絵葉書などもすべて資源ゴミに。
神保町のサブカル古書店から査定額の連絡あり。雑誌、本、ツアーパンフ類、DVDなど段ボール1箱送って3,000円とのこと。送料が自己負担で1,300円かかったので、実質1,700円ということだがまあ仕方がない。承認の旨、返信する。
電子辞書の修理見積の連絡あり。4,000円弱とのこと。結構高いのでiPhoneとコンピュータに入れている辞書で間に合わせることにして、修理せず廃棄を依頼。
夜は音楽CDをいったんコンピュータに読み込ませ、4GB近くなったら、DVDに移す、という作業を続ける。
2010年5月27日木曜日
さよなら、レコード
シンセとドラムマシンの輸送についてクロネコヤマトに問い合わせたところ、楽器は引き受けられないとのこと。系列会社のヤマト便の方に問い合わせるように言われ、そちらに問い合わせるが、対応が不親切で料金も高い。渋谷の楽器買取業者に相談すると、梱包キットを送るから、それで梱包して佐川急便の着払いで発送するようにとの指示。
今週末は以前住んでいた外人ハウスのオーナーさんご夫妻と元住人の友人たちと、仙台近郊の陶芸家さんの窯焚をお手伝いにいく予定だったが、荷物整理が佳境に入っていて時間に余裕がなく、残念ながら参加を断念し、その旨連絡する。
午後は仕事。
大阪の楽器買取業者にシーケンサーとキーボード用スピーカーの買取について念のため問い合わせを入れる。すぐに返信が来て、やはり不可とのことだが、丁寧な対応に感謝する。
夜はCDの音楽データをいったんコンピュータに読み込ませ、4GB近くなったら、DVDに移す、という作業を続ける。
2010年5月26日水曜日
楽器の買取/引取先見つかる
小中学校時代の同級生のKくんにピアノが欲しい人が周囲にいないかメールしてみる。
書類整理を続行。
旅の記念に取っておいた資料などもすべて処分する。日記の類いはすべて破いて燃えるゴミへ。
スキャナーの利用を思いつき、取っておきたい情報はスキャンして捨てることにした。もっと早く気づけば良かった。でも気づいていたらいたで、きりがなかったかも知れない。
夕方、気晴らしも兼ねて音楽データバックアップ用のDVD-Rを買いに自転車で20分ほどのショッピングモールへ。おいしそうなたい焼き屋を見つけて買ってみると、これがすごくおいしい。しっぽまであんこが詰まっていて、皮がパリパリ。今まででベスト3に入る。思わずこっそり母にお土産に買って帰る。なぜこっそりかと言うと、父は糖尿病で厳しい食事制限があるのだ。帰り道は雨に降られ、びっしょり濡れてしまった。
夜になって、昨日問い合わせを入れた渋谷のデジタル楽器買取業者から、シンセとドラムマシンにそれなりの査定額をつけてくれ、送料も負担してくれるという朗報が入る!
続いてMlちゃんからも連絡があり、ペルー人の同僚にピアノの写真を確認してもらったが、やはり欲しいと言っているとのこと。私の出国前日の6/6(日)に引き取りに来ることが決まった。
これで大きな楽器の行き先が決まり、本当にホッとした。
残るキーボード用スピーカーとシーケンサーについては、友人何人かにあたってみるが、望み薄の模様。
アナログレコードも手放す決心をし、買い取ってくれる業者を探す。レコードのリストを作成・送付して、査定依頼。
コンピュータに読み込ませた音楽データをDVDに移す作業を開始。
2010年5月25日火曜日
楽器買取/引取先を探す
気を取り直して、昨年壊れた電子辞書のメーカーに連絡を取り、修理見積りのため郵送する。
また2機前の液晶が壊れたiBookをメーカーのリサイクルに出すべく調べたところ、リサイクル法施行前の機種なので、手続きが面倒な上に、費用が3,000円ほどかかることが分かり、何か良い手はないものかと調べていたら、無料でハードディスクのデータを消去しリサイクルしてくれる業者が見つかった。送料は自己負担になるが、そちらに送る。
バッテリーが死んでしまった旧携帯電話と充電器をソフトバンクのショップまでリサイクル用に持って行く。
書類整理を続行。
ファイリングしておいた昔のライブのフライヤー、旅の資料類、ピースボート時代の資料などもすべて処分。
資源ゴミの箱がどんどんいっぱいになっていく。
以前問い合わせを入れた神保町のサブカル古書店に電話。「サウンドール」、YMOその他音楽系のツアーパンフレットや書籍、ゲルニカのDVDなどもまとめて引き取ってもらうことにして、発送準備。(今思うと音楽書籍やDVDはディスクユニオンにしておけば良かったと後悔。ディスクユニオンの方が一点一点公正な査定をしてくれる。)
友だちのマーラちゃんにデジタルピアノを欲しい人が周りにいないか聞いてみると、会社の同僚にいるかも知れないという。確認のため写真を送り、返事待ち。
飲み屋をやっている上の弟にも、デジタルピアノを欲しい人が周囲にいないか探してくれるよう頼む。
映画や舞台のパンフレット類について、神保町のパンフレット専門の古書店を探し、問い合わせを入れてみるが、稀少品でないとまったく値がつかないということが分かり、資源ゴミとして処分することに。
夜は相変わらず黙々とCDの読込みを続行。
さらにデジタル楽器の買取業者を調べ、大学の先輩Nさんに教えてもらった神戸の業者含め3社ほどに問い合わせメールを入れる。
神戸の業者さんからすぐに丁寧な返信があるが、送料の方が高くついてしまう査定額だったため断念。またまた途方に暮れる。
昔一生懸命アルバイトして買った思い入れのある楽器を、壊れているわけでもないのに粗大ゴミに出すなんて想像するだに耐えがたく、気になって眠れない。
2010年5月24日月曜日
荷物整理、佳境に入る
小中高時代のクラス名簿、クラスや部活の寄せ書き、修学旅行のファイル、賞状やメダル、大学時代のサークル関係の印刷物などなども思い切って処分。
写真のネガも、もう焼き増しするということもないだろうと、思い切って処分。
名刺や連絡先の書いてあるもの、内容を人の目に触れさせたくないものなどは燃えるゴミへ。それ以外のものは資源ゴミ用の箱を作ってそちらに入れていく。
夜、楽器を売る準備のために、弟の家に預かってもらっていたデジタルピアノを両親の家に運び込む。これが予想外に大変で、弟のお嫁さんにまで手伝ってもらって大騒動。玄関前の廊下にデジタルピアノが鎮座する。
黙々とCDの読込み作業続行。
2010年5月22日土曜日
2010年5月21日金曜日
恵比寿様拝観
寝心地の良さにすっかり寝過ごした。起きると10時近い。外は快晴。支度をしてたまプラーザ駅へ。駅ビルができて私が住んでいた頃とはすっかり様変わりしたたまプラーザ駅でブランチし、Rk邸に向かう。
RkはCC仲間だが、先日の再会には赤ちゃんが熱を出して来られなくなってしまった。そこで今日私の方からお伺いすることにしたのだった。
病気療養中のFと金曜休みのRも誘い、Rk邸で現地集合にした。
下船後ピースボートスタッフになったRkは、ハンサムで優しいスタッフ仲間と結婚し、誰からも愛される明るく思いやりのある性格で大活躍していたが、末期がんのお母様との時間を大切にするため休職し、身重の体で献身的に看病をしていた。昨年その最愛のお母様が天国へ旅立たれ、入れ違うように今年初めに女の子を出産した。初産にして30分という超スピード出産で、病院中を驚かせたという。
恵比寿様に似ているとママが言う生後4ヶ月のEちゃんは、愛くるしい、泰然自若とした赤ちゃんだ。周りで大人がしゃべっていると、ふにゃふにゃとおしゃべりの仲間入りをし、寝るときは一瞬で寝てしまう。夜泣きもしないし、ならし保育に連れて行ってもまったく泣かなかったという。きっと看病するお母さんの苦労をお腹の中で感じていて、もう苦しまなくていいんだよと手のかからない子になったんだと思う、というRkの言葉が心に残る。
全然人目を気にせず授乳するRkに、目のやり場に困っているRとFがかわいかった。
2010年5月20日木曜日
狂犬病ワクチンと琉球料理
大阪と熊本の友だちにお土産を郵送する。
午後、狂犬病ワクチン接種第4回目のため上京。
日比谷の病院でワクチン接種後、銀座アップルストアでハードディスク交換したMacBookを受け取る。
その後、大学時代の音楽仲間Aくんと再会。Aくんが調べておいてくれた沖縄居酒屋へ。
Aくんとは大学の音楽サークルで知り合って以来の仲だからもう20年来のつきあいになる。素晴らしい作曲家・アレンジャーであり、膨大な数のCDコレクションを持つ音楽マニアで、すごく文系ぽいのに実は数学科出身のAくんは、某グローバルコンピュータ企業で働いている。いつもコンピュータ関係で困ったことがあると、相談に乗ってもらう。今日もTwitterなど最近のネットワーキングテクノロジーについていろいろ教えてもらった。
何より音楽の話が楽しい。リクエストしておいたAくんのお気に入り音源CDもいただき、おいしい沖縄料理もいただいて、楽しい再会の夜であった。
今夜は、以前住んでいたたまプラーザの外人ハウスに泊まることになっている。
予定時間を大幅に過ぎて懐かしの古巣に着くと、オーナーのJさんが「もう来ないかと思ったよお」と変わらないJさん節で迎えてくれる。昨年娘のMちゃんとバリに遊びにきてくれた奥さんのKさんも下りてきてくれ、嬉しい再会。二人は翌日から下田の別荘へ行くという。
Jさんが用意してくれた3階の部屋は、昔住んでいた部屋の2軒隣。相変わらず“クロスオーバーイレブン”な夜景が美しい。ふかふかのおふとんでぐっすり眠る。
2010年5月19日水曜日
2010年5月18日火曜日
2010年5月17日月曜日
Mlちゃん来る
再び朝から本の整理。
本棚から、スヌーピーが好きだと言っていたHちゃんにスヌーピーのコミックを、カエルグッズをコレクションしているAちゃん&Kくんにカエルの絵本を送る。
夜、仕事帰りに近所に住む日系ブラジル人Mlちゃんが寄ってくれる。Mlちゃん用に取っておいた日本語教育関連書籍と、最近英語を勉強しているので欲しいとリクエストのあった英語のペーパーバック以外にも、引き取り手がなく捨てるしかないと思っていた英語やポルトガル語の大辞典類や、その他たくさんの本を物色して引き取ってくれた。
その後近所のファミレスでMlちゃんとお茶する。
帰宅後、CDの読込み続行。
2010年5月16日日曜日
CCsと再会
朝、KくんとAちゃんの一粒種、Tくんと顔合わせ。生まれたばかりの頃一度会ったきりのTくんは、小学2年の野球少年に成長していた。坊主頭で目が合うとにこーっと笑う素直な顔がとてもかわいい。朝食をいただいて、出発。Aちゃんが西荻の駅まで送ってくれる。
CCs(ピースボートのボランティア通訳)との待ち合わせ場所、後楽園へ。7年前、一緒に船で世界を一周した17人の通訳仲間とは家族のようなつきあいが続いている。今やイギリス、アメリカ、カナダ、メキシコ、スリランカと世界に散らばり、なかなか全員が集まるのは難しいが、誰かが東京に帰ってきたり事あるごとに集まる。今日も東京近郊にいる4人が集まってくれた。
会場を提供してくれたHちゃんは、アメリカの大学で動物学を専攻したという経歴を持ち、名古屋を愛する生粋の名古屋っ子だが、数年前東京に職を得て移住してきた。ワイン関連の機械を輸出する少数精鋭の会社で大活躍している。ミニマルな渋い和のセンスを持つHちゃんの部屋はいつでもシックにまとめられ、とても居心地がいい。最近は陶芸に凝っていて、お手製の陶器も披露してくれた。お料理もとても上手で、今日もピクニックがテーマのおいしい料理を用意してくれていた。
その昔同じ通訳学校に通っていたこともあるドイツ、アメリカ育ちのYは、結婚して一児の母となり、ご主人の勤務先の福岡で在宅勤務をしていたが、最近突然ご主人が埼玉に転勤になり、首都圏に戻ってきた。福岡での生活がとても気に入っていたのに転勤が決まったときは悲しくて泣いてしまったそうだが、今は埼玉での生活をとても楽しんでいるようだ。ご主人の転勤を機に仕事を辞め、子育てに専念することにしたという。娘思いのやさしいお母さんだ。
Fはピースボート下船後、難しい病気になり、7年もの間つらい日々を送ってきたが、最近飛躍的に病状が回復し、ようやく会えるようになった。仕事を探し始めたが、ブランクが長いのでなかなか厳しいという。気長に行こうね、F!
英語に加えてスペイン語も話す武道の達人、ちゃきちゃきの江戸っ子Rは、英語を教えたり、内観道場を手伝ったりしているという。サーフィンを始めたくて、まずは車の免許からと、教習所に通っているそうだ。
しばらく会っていなくても、会えばたちまちあの温かさが戻ってくる。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、夕方みんなと別れて群馬への帰路につく。
2010年5月15日土曜日
大学時代の仲間と再会
郵便局の帰りに図書館に寄り、本の寄付を受けるか聞いてみるが、受けないとのこと。「図書館寄付」は「捨てるもの(資源ゴミ)」カテゴリーへ。もったいないが仕方ない。
夕方から再び上京。
渋谷で大学時代の仲間と再会する。
渋谷勤務経験のあるYちゃんお勧めの、魚が安くておいしい居酒屋へ。
音楽仲間のNさんは二児の父となり、すっかり子煩悩のマイホームパパになっていて驚く。アウトドアとは縁もゆかりもなさそうだったのに、今は家族でキャンプに行ったりするそうだ。最近はバンド活動も再開し、楽しそうだ。
演劇系のAちゃんは某前衛舞踏集団のスタッフ/踊り子をしていたが、一児の母となって今は引退し、フリーでレイアウター業を営むだんなの手伝いをしている。
大学を卒業してからずっと同じ旅行会社に勤めるYちゃんは仕事一筋。今日も明日も出勤で、毎日帰るのは夜中だそう。体を壊さないといいけれど。
夜は無理を言って西荻窪のAちゃん宅に泊めてもらう。
だんなのKくんとは大学時代沖縄の竹富島で知り合った友だちでもあるのだが、会うのは8年振りくらいになる。久々の再会を喜ぶ。
落とした照明と低く流れるジャズが心地いい部屋で、しばし談笑。いつの間にか目の前のいいちこが空になっている。
夜も更け、二人の仕事場に無理矢理スペースを作ってしいてもらったお布団にくるまり眠る。
2010年5月14日金曜日
荷物整理開始!
いよいよ本格的に荷物の片付けに着手する。
まずは本から。
維持しておきたいものと手放すものに分け、手放すものは売るもの、人に上げるもの、図書館に寄付するもの、捨てるもの(資源ゴミ)に分類して、近所のスーパーでもらってきた段ポール箱に入れてみる。この判断がいちいちなかなか難しい。
日本語教師時代に買い集めた日本語教育関係の教科書や参考書は、近所に住む日系ブラジル人のMlちゃんに聞いてみることにする。
3年前に青森・北海道を旅したときのガイドブック類は、この夏その地域を旅行すると言っていたMgちゃんに聞いてみると是非欲しいとのことなので、郵送。
ジャズピアノ関係の楽譜は、最近ジャズピアノを習いたいと言っていた、音大出身で現在は仙台でピアノの先生をしている幼なじみのRちゃんに聞いてみると、欲しいとのことなので、送ることに。
手紙類は心を鬼にして処分する。見てしまうと捨てられなくなるので、見ないでガンガン燃えるゴミの袋に入れていく。
楽譜などももう使わないと思われるものはどんどん捨てていく。
カセットテープもすべて廃棄。CDで聴ける普通の音源はいいとして、昔のラジオ番組をエアチェック(死語である)したものや、大学の音楽サークルのデモテープなどの貴重音源は本当はデジタル音源に変換できればいいのだが、残念ながらその設備がないので、自分のデモのマスターテープのみ残して、後はみな廃棄した。
夜はまた黙々とCDをコンピュータに読み込ませる作業を続行。
2010年5月13日木曜日
狂犬病ワクチンと銀ブラとアップルストア
実は日本へ発つ数日前バリで犬に噛まれた。
ある家の敷地を歩いていたら突然寝ていた犬がむくっと起き上がり、私の方へやってきたかと思ったら、腿をガブッと噛んだのである。じゃれつくような感じだったのでそれほど痛くはなかったが、出血した。
バリ島で狂犬病の死者が70人以上も出ているのは知っていた。その犬は狂犬病ワクチンを受けた印の赤い首輪をしていたので大丈夫だと思ったが、念のためお手伝いのKさんに確認したら、医者に行った方がいいという。内心そんな大げさなと思ったが、医者に行くと、お手伝いさんの助言は正しかった。
医師曰く、犬の狂犬病ワクチンは何度かにわたって接種して完了するものだが、赤い首輪は初回ワクチンを接種した印でしかないのだそうだ。そこで傷口を消毒した後、(人間用)狂犬病ワクチンの暴露後接種をすることになった。
問題はこのワクチン、1ヶ月にわたり規定の間隔で全5回接種して完了する(WHO方式)。1, 2回目はバリで受けられるが、3, 4, 5回目は日本にいる日程になる。バリで受けた輸入ワクチンとまったく同種のものを日本で受けられるところを保険会社と手分けして探したところ、群馬近郊では東京の日比谷と品川にしかないことが判明した。早速日比谷の病院に予約を入れた。こうして規定の日に3回、東京にワクチンを受けに行かなければならなくなったのだった。
というわけで、この日はその第3回目にあたる。東京までの足という問題も新宿までの直通高速バスができたことで一挙に解決。以前は東京に行くのに埼京線の本庄駅まで車かバスで出る必要があって非常に不便だったが、直通高速バスだと家から徒歩圏内にバス停があり、本数も多くて値段も安く、乗ってしまえば座って寝て行ける。大助かりである。
さて日比谷の病院で無事ワクチン第3回目を受けた後、日比谷公園で以前同じ外人ハウスに住んでいたMgちゃんと待ち合わせ。銀座でランチした後、もうすぐ取り壊しになるという歌舞伎座を見納めしたり、築地の魚市場の方まで散歩する。魚を祀っている神社にお参りして、すっかり日本観光気分に浸る。
それから予約してあった銀座アップルストアのGenius Barへ。
実は忘れもしない4月初めのある朝、突然私のMacが立ち上がらなくなった。専門家に見てもらったところ、ハードディスクが死んでいて、もはやデータにアクセスできない状態だという。バックアップを取っておかなかった私が悪いのだが、仕事もプライベートも含め、過去3年半分のデータを失ってしまった。
頭の中が真っ白になったが、コンピュータは私の商売道具、生命線である。急遽ウブドで新機を調達。失われたデータのうち当面仕事に必要なものは何とか手作業で復活させた。
ハードディスクが壊れた旧機もハードディスク交換すれば使える状態だったので、ハードディスク交換して、両親にあげ、せめてEメールとスカイプだけでも覚えてもらえれば連絡が取りやすくなる、と考えた。そこでMacのウェブサイトを調べていたら、「ハードディスク交換プログラム」の文字が目に入る。読んでみると、何とある時期に発売されたMacBookのハードディスクに潜在的な問題があることが分かり、無料でハードディスク交換をしているという。購入時期から言って、どうやら私の旧MacBookもこれに該当するような気がする。そこで相談のためGenius Barの予約を取ったのだった。
まさにドンピシャであった。晴れて私の旧MacBookは無料でハードディスク交換されることになった。
その後Mgちゃんと松屋で別れ、新宿から高速バスで帰路につく。
夜はまた黙々とCDをコンピュータに読み込ませる。
2010年5月12日水曜日
環境整備の一日
朝隣の弟に連絡をし、インターネット環境について聞いてみると、WiFi環境があることが分かる。昨夜検出されたネットワークは弟邸のものだったようだ。早速パスワードをもらい、晴れてインターネットにつながる。これで実家にいる間ネット環境をどう確保するかという大きな問題が一挙に解決してホッとする。
今回の一時帰国では歯医者に行っておきたいので、国民健康保険に加入するべく、市役所に転入届を出しに行く。続いて国民年金と国民健康保険の手続き。これで晴れて日本に住民票のある身分に。
午後、母と近くの市民病院に入院している父を見舞いに行く。9階にある病室は遠くの山々と市街地を見下ろす絶景。父は元気そうだ。病状が悪くて入院というわけではなく、食生活のことやインシュリンの打ち方などを学ぶための入院なのだそうだ。両親は看護婦さんとの勉強会があるとのことなので、私は一足先に帰る。病院近くの花屋で遅ればせながら母の日のカーネーションを買う。
夜、CDをコンピュータに読み込ませる作業を黙々と続行。
2010年5月11日火曜日
日本到着
上野に到着。お蕎麦が食べたい。外は雨だし荷物もあるので、駅構内の立ち食い蕎麦屋で天ぷら蕎麦を食べる。母から電話があり、最近新宿から伊勢崎までの直通高速バスができたという。JRよりもそちらの方が楽なので、それに乗ることにして新宿へ向かう。高速バス乗り場に到着すると、あと数分で出発する便があったので、それに飛び乗る。
昼2時過ぎに伊勢崎市街の停留所に到着。さっきまでバリにいたのに、今実家のある伊勢崎に立っていることが不思議な感じ。実家まで10分ほどの道のりを歩く。
新しくなった実家を見るのは初めてである。外から見ると一軒の家だが、弟と両親の玄関が分かれており、どちらかとまどう。両親宅の呼び鈴を押すと母が迎えてくれる。父はちょうど糖尿病で入院中。新居はいわゆるオール電化というやつで、ハイテクさにびっくり。しかし前は3.5部屋あった家が2部屋になったので、私の荷物があふれている。一気に申し訳なさが募る。これから先の作業が思いやられるが、まずは一休み。
夜、CDをコンピュータに読み込ませる作業を開始。4月の初めにコンピュータがクラッシュし、楽曲データもすべて失われてしまったのだった。
2010年5月10日月曜日
日本へ
5月10日から6月7日まで、のっぴきならない事情があって一時帰国した。その28日間のことを記録にとどめておこうと思う。
その事情とは、昨年3月頃、実家の母から連絡があり、末の弟が実家を壊して新たに二世帯住宅を建てるという。建築中、両親は姉の家に一時身を寄せ、新居は9月頃完成予定とのこと。もともと狭い敷地に二世帯住宅を建てるので、両親の家は狭くなる。そこでデジタルピアノを初め大量に預かってもらっている私の荷物を何とかしなければならなくなった。本当はもっと早く帰って荷物の整理をするべきだったのだが、年末年始に仕事で一時帰国する予定があったので、そのときまで待ってもらうことにした。しかしその後その仕事の話がキャンセルになり、自費で帰国するならもう少し暖かくなってからと延ばし延ばしにしていて、ゴールデンウィーク明けのこの時期にようやく帰ることにしたのであった。
フライトは夜の11時55分。昼間は1ヶ月不在にする部屋の片付けとパッキングに追われ、夜7時頃大雨のウブドを出発して、ジンバランの友人と夕食を伴にし、空港へ向かう。