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2010年11月12日金曜日

ロティ・チャナイとテ・タリック


4月のある朝、突然前のMacBookのハードディスクがクラッシュし、急遽買い換えたMacBook Pro。いつ始まったのかよく覚えていないが、トラックパッドの調子がずっと悪かった。クリックの反応が悪い。2〜3度クリックしてようやく反応する。最初はマルチトラックパッドになったせいかと思っていたが、反応がどんどん悪くなってきて、しまいには親指の関節が痛くなった。Macユーザの友だちJくんに相談したところ、これは明らかに不具合であるから、とりあえず人差し指のタップクリックに切り替えて、店にクレームせよとのご指示であった。購入したウブドのMacショップに持って行って相談したら、デンパサールにある本店のテクニカル部門に持ち込んで、クレームせよということになった。


このデンパサール本店というのが遠い。私の超苦手な交通量の激しい通りを通っていかなければならない。時速40km以上出さない私の足だと片道1時間半かかる。行って帰ってくると半日仕事。精神的には1日仕事である。それでのばしのばしにしていたのだが、いよいよ意を決して行った。結果、やはりトラックパッドの不具合であり、新しいトラックパッドを注文して入荷したら電話するので、再度来るようにということになった。


1週間後、トラックパッドが入荷したとの連絡が入り、再度店まで足を運んだ。この日は何とか交通量の少ない道を通ろうと画策した結果、道に迷い、2時間かかって店に到着した。トラックパッドを交換してもらい、動作を確認して、帰路につく。ところが帰り道、突然バイクのオートマティックスタータがきかなくなった。周りのおじさんに助けを求め、キックスタートのやり方を教えてもらったが、キックスタートをするにはまずスタンドをぐっと立てなければならない。これがなかなか力とコツがいって大変なのである。そのままエンジンを止めずに家まで帰りたかったのだが、途中激しい雨が降ってきて、イスの下にしまってあるレインコートを取り出すにはどうしても一度エンジンを切らなければならない。雨の中ぬかるんだ地面でスタンドを立てるのが至難の業。しかもキックスタートしてもなかなかエンジンがかからず、もう半泣き状態である。それでもどうにかエンジンをかけ、這々の体でウブドに帰ってきた。


ところが、後日仕事をしていたら、再びクリックの不具合が出た。店に電話をし、押し問答の末、主任がチェックすることになり、アポをとって三度訪れたのが今日というわけなのであった。


結局、不具合はトラックパッドの問題ではなく、アプリケーション側の問題であるということが分かり、一件落着したのだが、せっかく遠路はるばる来たのだから、今日はのんびりジャランジャラン(ぶらぶらする、散歩するの意味のインドネシア語)して帰ろうと決めた。


まずは日本食材のスーパーに立ち寄り、日本食材をまとめ買いした。それからバイパスをサヌール方面に向かってプランプラン(ゆっくりの意味のインドネシア語)と走っていたら、「りえちゃーん」と呼ぶ声がする。目をやると、友だちのMさんと前述のJくんカップルが車で通り過ぎるではないか。びっくりである。こんなことってあるのねえと路上で束の間の会話を楽しんだ。


さて、前置きがすごく長くなりましたが、ここからが本題です。 さらにプランプランとサヌール方面に向かって走っていたら、”Roti Canai & Teh Tarik”という看板を見つけた。ロティ・チャナイというのはデニッシュのようなインド風のパンで、カレーをつけたりして食べる。テ・タリックというのはすごく甘いミルクティで、多分コンデンスミルクかなんかが入っているのだと思う。とにかく甘い。いずれもマレーシアにいた頃よく食べた懐かしのスナックである。お腹が空いていたので、早速入って、ベーシックなロティ・チャナイとチキンカレーとテ・タリックを注文した。


作るところをちょっとご覧ください。


ピッツァみたいに生地を空中でくるくるっとのばし


広げてパターを塗り


蛇腹状にたたんでいき


くるくるっと丸めて


焼く


おいしそうでしょう!


欲張ってLを注文したら、意外に結構なボリュームで、夜まで全然お腹が空かなかった。きっと油をたくさん使っているのだろう。すごく太りそうだけど、たまにすごく食べたくなる味。


お店のご主人は最近スマトラからやってきて開業したそうだ。


またそのうちふらりと行きますよ、おじさん!


2010年8月16日月曜日

Pくんのこと


今週木曜からフローレス島へ行くので、フローレス出身の友だちPくんに話を聞きにサヌールまで行ってきた。

Pくんのことはいつか書きたいと思っていた。
サヌールの海辺に小屋を構え、ウィンドサーフィン機材のレンタル業やツアーガイドなどを営んでいる。サヌールにふらりと散歩に行ったときに、浜辺で知り合った。オープンマインドで、人生をエンジョイすることがモットーで、実は努力家で、誠実で、すごくいいやつである。以来、海が見たくなってふらりとサヌールへ行くと、たまにPくんの店に寄って茶飲み話をする。英語が上手で、片言の日本語も話し、ドイツ語も少しできるらしい。

Pくんについて、私の大好きなエピソードがある。
Pくんはフローレス島からやってきて、バリ島の観光専門学校で勉強していた。あるとき両親からの仕送りが遅れ、家賃を滞納したため、下宿から追い出されてしまった。仕方なくビーチで寝起きし、3日くらい水しか飲んでいなかったそうだ。
そんなとき、通りを歩いていると、日本人の初老のご夫婦が向こうから歩いてくる。そのご夫婦の持っていたバッグを後ろから来た男がひったくって逃げてきた。Pくんは無我夢中で男に必殺キックを食らわせ、バッグを取り戻した。バッグの中にはご夫婦が銀行で下ろしたばかりの多額の現金が入っていたそうだ。ご夫婦は大変感謝して、その夜食事に招待してくれた。家はどこかと聞かれたPくん、まさかビーチですとは言えず、デンパサールに住んでいると答えたそうだ。
その夜、レストランで(実は3日ぶりの)食事をごちそうになり、別れ際にご夫婦に封筒を渡された。中には相当な額の現金が入っていたそうだ。Pくんは遠慮したが、ご夫婦はがんとして譲らなかった。それでPくんはありがたくそのお金を頂戴した。
そのお金でPくんはアパートを借り、バイクを買い、ガイド業を始めることができたそうなのである。
その後Pくんはご夫婦の招待で日本にも遊びに行っている。そのせいかPくんは大の日本食ファンだ。

さて、そんなPくん、日本人のお嫁さんを募集しています。
年齢30前後で、頭が良くて、和食が上手で、家族を大切にする人。
生涯で一度しか結婚したくないので、ベストな人を選びたいとか。
我こそはと思う方、私までご一報ください。
売り切れの際はご容赦ください。

2009年10月5日月曜日

ポトン・ギギ(削歯儀礼)見学記

エジプトの王様のような削歯中のMくん

数々の儀式や祝祭に彩られたバリの人々の生活を常々興味深く観察させてもらっている私だが、オダランや火葬のようなオープンな儀式はよく見学する機会があっても、結婚式などの通過儀礼的なものとなるとやはり個人的なつてがないと難しい。そんな折、日本の某国際協力団体で働いている友人Hちゃんが受け容れている留学生の中に、バリ人のMくんという人がいて、近々ポトン・ギギ(削歯儀礼)のために一時帰国する予定であると聞き及び、図々しくも見学させてもらえないだろうかとHちゃんを通じてお願いしたところ、快諾していただいたのが数ヶ月前のことであった。

ポトン・ギギとは、バリ人が生まれてから死ぬまでの間に必ず行わなければいけない重要な通過儀礼のひとつで、上の前歯6本を(象徴的に)やすりで削る。その意味するところは、ヒンドゥーの教義的には人間の中にある6つの敵(強欲や怒りなどの好ましくない性質)を減じるためだそうだが、民俗学的な見地から言えば、バリ人は獣のような性質を忌み嫌うため、尖った歯=獣のような歯を平らにすることで洗練された一人前の人間になる、という意味合いもあるらしい。本来は結婚前までに済ませておくのが理想だが、非常にお金がかかるため、大抵は親族でいっぺんに他の儀式と併せて行うことが多いという。もしポトン・ギギを行う前に亡くなった場合は、埋葬前に行うというから、そのくらい大切な儀式なのだ。

こんな素敵な招待状をいただいた
弟さんの結婚式と一緒に行われるという

かくして当日がやって来た。バリ式の正装をして、バイクで1時間ほど南に下った海辺の街サヌールに向けて出発する。吉日であるらしく、あちこちで様々な儀式が行われており、通行止めのため道を大きく迂回しなければないところもありあせったが、無事時間通りに会場に到着することができた。

一頃は海辺のリゾートとして脚光を浴びたサヌールだが、今は隣のクタや最近注目のスミニャック、新たに開発されたヌサドゥアなどにお株を奪われ、少し寂れた熱海のような、でもそれはそれでしっとり落ち着いた風情がある。
1930年代にウブド近郊のサヤン村に居を定めたカナダ人音楽家コリン・マクフィーが、名著「A House in Bali」の中で、南の漁村クタに足を延ばしたときの印象をこう語っている。
『サヤン村はどんより曇っている日があまりに多く、人々の表情もいくぶん堅くて鈍重な印象だった。平野部の住人は性格的にもだいぶ違っていて、開放的で明るかった。市場で車を降りるやいなやその違いは一目瞭然で、陽除け幕の下はまるでピサロの絵にでてくる午後のように朗らかだった。』(邦題『熱帯の旅人』—大竹昭子・訳)
この描写がよく分かる。ウブドの人たちが鈍重だとは思わないけれど、陽光溢れる海辺の街は明るくて、人々もより開放的に見える。

会場の雰囲気

受付で記名し、お祝儀を渡し、飲み物とスナックをもらって中に入る。会場では特に何か式次第や案内があるわけでもなく、儀式は儀式で勝手に進行し、集ったお客さんたちはそれぞれお喋りに興じている。しばらく手持ちぶさたに座っていたが、奥の一角で何か行われそうなのでそちらへ行ってみると、まさにポトン・ギギが始まろうとしていた。

寝台にのぼるMくんの弟さん
今日の結婚式の新郎でもある

寝台にポトン・ギギを受ける人が寝かされ、司祭の手により削歯が行われる。その周りを親類縁者の人たちが取り囲み、何やら歌をうたったりしてしている。手元の資料(”Bali Sekala & Niskala” Fred B. Eiseman, Jr.著)によると、削歯中の人は象徴的に一度「殺されて」おり、非常に脆弱な状態にあるので、近しい人たちが近くにいて守るのだそうだ。

削歯中、周りを囲んでサポートする親類縁者の人たち

削歯が終わり寝台を降りるとき、何か草のようなものを踏む

会場では常に賑やかに音楽が奏でられている

プダンド(最高司祭)

一連の主立った儀式が終了する頃ちょうどお昼になり、バイキング形式で好きなものを取ってお昼をいただく。

ごちそう

うかうかご飯を食べている間にも、傍らで粛々と儀式は進行しているのであった。

今日ポトン・ギギを受けた4人の皆さん

削歯の後もまだ、様々な手順が進む
左の二人が結婚式の新郎新婦

聖水を浴びたり、黒い鳥におでこをつつかせたり
耳に何やら糸のようなものをかけたり
何かの植物を頭に巻いたり…

その儀式が終わると、人々が会場から出て行くので、ポトン・ギギはこれでお終いで、休憩をはさんで結婚式なのかな、と思ってそのまま座っていたら、Mくんがやってきて、「これで終わりです」と言う。「え、結婚式はいつやったんですか!?」と聞いたら、どうやら同時並行で行われていたらしいのである。すっかり見損なってしまった。

神々しい光が差し込む神棚

Mくんとは初対面だったのだが、Hちゃんの言葉通り、「超真面目な好青年」であった。お隣ジャワ島ジョグジャカルタの某有名大学のコンピュータエンジニアリング部講師の身分で、現在は日本の某有名大学に留学中という超優秀な理系の人でありながら、一時帰国して伝統的な儀式をきちんとこなす。「留学が終わったらまたジョグジャに?」と聞く私に、「はい。でもここが私のホームタウンです」と答えたMくんのバリ人としての揺るぎのないアイデンティティがとてもまぶしく見えた。

儀式が終わって弟さんと談笑するMくん

2009年3月13日金曜日

サヌールへ


ペーパードライバーの私がモーターバイクでの遠出の練習を重ね、先日はとうとう東海岸アメッドへ到達するという偉業まで果たした。が、未だ挑戦していないエリアがあった。それは南部である。首都デンパサールや観光地クタ、サヌールなどを擁する南部は、交通量が多くて怖いのである。

そこでまず、南部の中でも最も行きやすそうなサヌールから挑戦してみようと思っていたら、絶好の海日和がやってきたので、決行することにした。

ドライバーのJに道を教わり、「簡単、簡単」の声に励まされて出発する。途中までは田舎道をトコトコ走る感じで快調だった。しかし大きなバイパスに出てから雲行きが怪しくなる。車やバイクが入り乱れて何車線にもなって走る。怖い。しかも一方通行である。帰りは来た道を戻ればいい、という方程式が通用しないではないか。それでも、その交通量の激しいバイパスをウパチャラの行列がゆうゆうと通り過ぎていったりするところは、さすがバリである。そしてどうにかサヌールへ到着した。

サヌールは8年前に1泊したきりで、記憶もおぼろげである。かつてもてはやされて今はさびれた観光地、というイメージが強かったが、静かで物売りもしつこくなく、なかなかどうして悪くない。涼しい並木道を走るのは気持ちいいし、おしゃれなカフェでちらちら揺れる木漏れ日を眺めながらボーッと過ごすのも楽しい。浜辺を散歩して、海風に吹かれ涼んでいたら、フローレスの出身でバリで働いているという、ポルトガル系の名前を持つ青年に話しかけられた。日本へ3度行ったことがあるという。なかなか達者な英語を話す。

帰り道はやはり大迷いに迷ったが、まあ今日中に帰り着ければよしとしようと開き直った。途中の村ではオダランらしきウパチャラに遭遇し、神社からあのきらびやかなガムランの調べが聞こえてきてうっとりする。これだからバリはやめられない。結局30分のところを1時間強で帰り着いたのだから、まあまあ上出来である。

後でJに「サヌールへの道は簡単じゃなかったよ」と言ったら、「それは道を間違ったんだよ」と言われたが、一体どこをどう間違えたのか、未だによく分からないなあ。