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2010年6月3日木曜日

最後の狂犬病ワクチン接種

朝Kさんがお出かけ前に訪ねてきてくれ、自家製のお味噌とパンを持たせてくれる。天然酵母を使ったKさんのパンはとてもおいしい。お味噌も楽しみだ。JさんとKさんに、昨日用意したささやかなお礼の品を渡す。

荷造りしてJさんに挨拶し、チェックアウト。


Kさんに教えてもらった近所の有機食品の店へ。Kさんがバリに持ってきてくれたお味噌と粉末出しがものすごくおいしかったので、同じものを買って帰りたかったのだが、お味噌は重くて泣く泣く断念。粉末だしと梅干しだけ買う。店員さんに「あの、もしかしてバリにお住まいの方ですか」と声をかけられる。Kさんが話をしていてくれたらしい。


たまプラーザの駅ビルでMgちゃんと合流し、お茶する。


Mgちゃんと別れ、駅ビルで少々買い物をした後、三軒茶屋の「天や」で腹ごしらえ。


日比谷の病院で最後の狂犬病ワクチン接種を終了する。


有楽町のビックカメラへ。

PC用ポータブルスピーカー、充電池セット、保温ポットを購入。

デジタルピアノ売り場で、一見ホームレスのような身なりのおじさんが見事なショパンを弾いているのを見かけて感心した。後で母に聞いたら、テレビ等でも取り上げられたことのある有名なおじさんらしい。


新宿へ向かい、高速バス乗り場近くのアウトドアショップでバックパックとお財布を購入。

高速バスで伊勢崎へ帰る。

2010年6月2日水曜日

同業者の皆さんとの集い

今日は以前働いていた会社の同僚と青山でランチ。私のリクエストにより和食屋で集合した。


チェコで生まれ育ったOさんは優秀な通訳で、現在は別の会社で活躍している。

Sちゃんはフリーの日英翻訳家/通訳として活躍している。まだ若いのに3人の子どもを持つたくましいお母さんだ。今日も生まれたばかりのRくんを連れてきている。

Rくんは全然人見知りしない、にこやかな赤ちゃんで、抱っこさせてもらうと、ミルキーな赤ちゃんの匂いがする。かわいい。


近況を報告し合い、会社に戻るOさんを見送り、Sちゃんと少しお茶した後、子どもが学校から帰ってくる前に帰らないとというSちゃんを表参道で見送る。


次の約束の7時まで何をしようかなあと考え、おみやげや必要な買い物を済ませることにする。

まずはスパイラルへ。2階のスパイラルマーケットでお土産を物色。

その後渋谷の東急ハンズに向かい、自分のものやら父の日ギフトやらを購入。

前日ほとんど寝ていないので、かなり眠い。Zegafreddoでカプチーノを飲むが、座ると余計眠気が襲ってくるので、早々に店を出て、早めに次の待ち合わせ場所下北沢に向かい、さらにお土産を物色。


7時過ぎに元外人ハウスの住民で、今は仕事でもお付き合いのあるLに会う。

Lはアメリカ人だが、お母さんはメキシコ人、お父さんはポルトガル系で、英語、スペイン語、日本語を流暢に話す、優秀な日英翻訳者だ。

私のリクエストで和食居酒屋に連れて行ってもらった。ここが何を食べても感動的においしい。やっぱり和食は最高だ。おいしい料理をいただきながら、楽しくお喋りしていたら、あっという間に時間が経った。私が貧乏話をしたせいか、気を遣っておごってくれたL、ごめんね、そしてありがとう!


宿泊先のたまプラの外人ハウスに戻り、ぐっすり眠る。

2010年6月1日火曜日

外人ハウス同窓会


今日はまだこれからたまプラーザの外人ハウスで、元住人のMhちゃん&Mgちゃんに会うことになっている。Mhちゃんはもうすぐカナダに移住してしまうので、今日会わないと会えないのだ。


鷺沼でMkさんと別れ、11時過ぎにたまプラーザの外人ハウスに到着する。


部屋に荷物を置いて、管理人室に行くと、Mhちゃん、Mgちゃんだけでなく、オーナー夫妻のJさん、Kさんも集まってくれている。さらに元住人のIさんも来てくれるという。こんなに本格的な宴会になるとは思わなかったのでびっくりだ。


楽しい宴は朝まで続き、白々と夜が明ける頃お開きとなった。

阿部浩二さんソロギターライブ


阿部浩二さんはブラジル音楽を中心に様々なバンドで活躍する素晴らしいギタリストだ。私がブラジルから帰ってきたばかりの頃、四ッ谷のサシペレレで演奏していた阿部さんと知り合って以来、もう18年来のお付き合いになる。

今回一時帰国が決まって、その間に阿部さんのギターをじっくり聴けるライブがあるか阿部さんに聞いたら、今ひとつなかった。けれども近々ソロライブをやる話があって、もしかするとその前哨戦をブッキングするかも知れないという話だったので、だめもとで待っていたら、それが実現したのだった。

もう20年以上プロ活動をしている阿部さんだけれど、ソロライブは今回が初めて。記念すべき夜だ。

ブラジル音楽の中でもメジャーでない作品を積極的に取り上げ、その他ピアソラやオリジナルなど、阿部さんらしい渋い選曲で、心地よい2ステージを終えた。

阿部さんに別れを告げ、Mkさんと帰路につく。

大福ガール


今夜は楽しみにしていたギタリスト阿部浩二さんのライブが下北沢であるため上京する。

それに合わせて、ウブドで知り合った画家Mkさんとランチの約束をした。

Mkさんは日本の美大を出てから、バリ島デンパサールの芸術学校に1年間国費留学した。その後私費でウブドにとどまり、本業の絵画にとどまらず、音楽、舞踏とバリの芸能をどん欲に吸収し、一方ではバリの子どものための教育プロジェクトを立ち上げて、子ども図書館まで作ってしまった、というおもしろい人である。2年半のバリ生活を終え、つい先日帰国したばかりだ。

偶然Mkさんの家が、私が住んでいたたまプラーザの隣の鷺沼であることが分かり、たまプラのレストランで待ち合わせしたのだが、この日ご家族に緊急事態が発生し、待ち合わせを遅らせてほしいとの連絡が入った。

そこでいったんたまプラの外人ハウスにチェックインし、夕方まで何をしようか考えて、二子玉川の天然温泉に行くことにした。

ひと風呂浴びて夕方、二子玉川駅のホームでMkさんと待ち合わせた。

長身だということもあるのだが、はつらつとして個性的なMkさんの存在感は人混みの中にあっても際立つ。

ライブが行なわれる下北沢に向かう途中の渋谷駅でMkさん、お腹が空いているので何か食べてもいいですかと聞く。もちろんどうぞと言うと、大福屋に突進して大福を買う。売り子さんが包もうとするのを「あ、包まなくていいです!そのまま食べます!」と慌てて制し、歩きながら大福をほおばっている。20代の女の子で、歩きながら大福を頬張るのはMkさんくらいではなかろうか。


これに限らず、Mkさんはなんか昭和なのである。名前からして昭和の女優さんみたいだし、顔も吉永小百合にちょっと似ている。

しかも彼女は「七人の侍」をこよなく愛し、三船敏郎をアイドルとしている。

私はこの有名な黒澤作品を、初めてMkさんと観た。しかもMkさんが交通事故を起こしたその日の夜、 私の部屋で、Mkさんが買ってきてくれたプリンとシュークリームを頬張りながら、3時間半に及ぶこの大作を黙々と観たという不思議な思い出がある。

脱線したが、さて今夜はそのMkさんにライブに付き合ってもらう。まずは韓国料理屋で腹ごしらえし、会場へと向かった。

2010年5月21日金曜日

恵比寿様拝観


寝心地の良さにすっかり寝過ごした。起きると10時近い。外は快晴。支度をしてたまプラーザ駅へ。駅ビルができて私が住んでいた頃とはすっかり様変わりしたたまプラーザ駅でブランチし、Rk邸に向かう。


RkはCC仲間だが、先日の再会には赤ちゃんが熱を出して来られなくなってしまった。そこで今日私の方からお伺いすることにしたのだった。


病気療養中のFと金曜休みのRも誘い、Rk邸で現地集合にした。


下船後ピースボートスタッフになったRkは、ハンサムで優しいスタッフ仲間と結婚し、誰からも愛される明るく思いやりのある性格で大活躍していたが、末期がんのお母様との時間を大切にするため休職し、身重の体で献身的に看病をしていた。昨年その最愛のお母様が天国へ旅立たれ、入れ違うように今年初めに女の子を出産した。初産にして30分という超スピード出産で、病院中を驚かせたという。


恵比寿様に似ているとママが言う生後4ヶ月のEちゃんは、愛くるしい、泰然自若とした赤ちゃんだ。周りで大人がしゃべっていると、ふにゃふにゃとおしゃべりの仲間入りをし、寝るときは一瞬で寝てしまう。夜泣きもしないし、ならし保育に連れて行ってもまったく泣かなかったという。きっと看病するお母さんの苦労をお腹の中で感じていて、もう苦しまなくていいんだよと手のかからない子になったんだと思う、というRkの言葉が心に残る。


全然人目を気にせず授乳するRkに、目のやり場に困っているRとFがかわいかった。

2010年5月20日木曜日

狂犬病ワクチンと琉球料理

引き続き衣類の整理。

大阪と熊本の友だちにお土産を郵送する。

午後、狂犬病ワクチン接種第4回目のため上京。

日比谷の病院でワクチン接種後、銀座アップルストアでハードディスク交換したMacBookを受け取る。

その後、大学時代の音楽仲間Aくんと再会。Aくんが調べておいてくれた沖縄居酒屋へ。

Aくんとは大学の音楽サークルで知り合って以来の仲だからもう20年来のつきあいになる。素晴らしい作曲家・アレンジャーであり、膨大な数のCDコレクションを持つ音楽マニアで、すごく文系ぽいのに実は数学科出身のAくんは、某グローバルコンピュータ企業で働いている。いつもコンピュータ関係で困ったことがあると、相談に乗ってもらう。今日もTwitterなど最近のネットワーキングテクノロジーについていろいろ教えてもらった。

何より音楽の話が楽しい。リクエストしておいたAくんのお気に入り音源CDもいただき、おいしい沖縄料理もいただいて、楽しい再会の夜であった。

今夜は、以前住んでいたたまプラーザの外人ハウスに泊まることになっている。

予定時間を大幅に過ぎて懐かしの古巣に着くと、オーナーのJさんが「もう来ないかと思ったよお」と変わらないJさん節で迎えてくれる。昨年娘のMちゃんとバリに遊びにきてくれた奥さんのKさんも下りてきてくれ、嬉しい再会。二人は翌日から下田の別荘へ行くという。

Jさんが用意してくれた3階の部屋は、昔住んでいた部屋の2軒隣。相変わらず“クロスオーバーイレブン”な夜景が美しい。ふかふかのおふとんでぐっすり眠る。

2010年5月16日日曜日

CCsと再会


朝、KくんとAちゃんの一粒種、Tくんと顔合わせ。生まれたばかりの頃一度会ったきりのTくんは、小学2年の野球少年に成長していた。坊主頭で目が合うとにこーっと笑う素直な顔がとてもかわいい。朝食をいただいて、出発。Aちゃんが西荻の駅まで送ってくれる。

CCs(ピースボートのボランティア通訳)との待ち合わせ場所、後楽園へ。7年前、一緒に船で世界を一周した17人の通訳仲間とは家族のようなつきあいが続いている。今やイギリス、アメリカ、カナダ、メキシコ、スリランカと世界に散らばり、なかなか全員が集まるのは難しいが、誰かが東京に帰ってきたり事あるごとに集まる。今日も東京近郊にいる4人が集まってくれた。

会場を提供してくれたHちゃんは、アメリカの大学で動物学を専攻したという経歴を持ち、名古屋を愛する生粋の名古屋っ子だが、数年前東京に職を得て移住してきた。ワイン関連の機械を輸出する少数精鋭の会社で大活躍している。ミニマルな渋い和のセンスを持つHちゃんの部屋はいつでもシックにまとめられ、とても居心地がいい。最近は陶芸に凝っていて、お手製の陶器も披露してくれた。お料理もとても上手で、今日もピクニックがテーマのおいしい料理を用意してくれていた。

その昔同じ通訳学校に通っていたこともあるドイツ、アメリカ育ちのYは、結婚して一児の母となり、ご主人の勤務先の福岡で在宅勤務をしていたが、最近突然ご主人が埼玉に転勤になり、首都圏に戻ってきた。福岡での生活がとても気に入っていたのに転勤が決まったときは悲しくて泣いてしまったそうだが、今は埼玉での生活をとても楽しんでいるようだ。ご主人の転勤を機に仕事を辞め、子育てに専念することにしたという。娘思いのやさしいお母さんだ。

Fはピースボート下船後、難しい病気になり、7年もの間つらい日々を送ってきたが、最近飛躍的に病状が回復し、ようやく会えるようになった。仕事を探し始めたが、ブランクが長いのでなかなか厳しいという。気長に行こうね、F!

英語に加えてスペイン語も話す武道の達人、ちゃきちゃきの江戸っ子Rは、英語を教えたり、内観道場を手伝ったりしているという。サーフィンを始めたくて、まずは車の免許からと、教習所に通っているそうだ。

しばらく会っていなくても、会えばたちまちあの温かさが戻ってくる。

楽しい時間はあっという間に過ぎ、夕方みんなと別れて群馬への帰路につく。

2010年5月15日土曜日

大学時代の仲間と再会

朝、仙台のRちゃんにジャズピアノ本を郵送。

郵便局の帰りに図書館に寄り、本の寄付を受けるか聞いてみるが、受けないとのこと。「図書館寄付」は「捨てるもの(資源ゴミ)」カテゴリーへ。もったいないが仕方ない。

夕方から再び上京。

渋谷で大学時代の仲間と再会する。

渋谷勤務経験のあるYちゃんお勧めの、魚が安くておいしい居酒屋へ。

音楽仲間のNさんは二児の父となり、すっかり子煩悩のマイホームパパになっていて驚く。アウトドアとは縁もゆかりもなさそうだったのに、今は家族でキャンプに行ったりするそうだ。最近はバンド活動も再開し、楽しそうだ。

演劇系のAちゃんは某前衛舞踏集団のスタッフ/踊り子をしていたが、一児の母となって今は引退し、フリーでレイアウター業を営むだんなの手伝いをしている。

大学を卒業してからずっと同じ旅行会社に勤めるYちゃんは仕事一筋。今日も明日も出勤で、毎日帰るのは夜中だそう。体を壊さないといいけれど。

夜は無理を言って西荻窪のAちゃん宅に泊めてもらう。

だんなのKくんとは大学時代沖縄の竹富島で知り合った友だちでもあるのだが、会うのは8年振りくらいになる。久々の再会を喜ぶ。

落とした照明と低く流れるジャズが心地いい部屋で、しばし談笑。いつの間にか目の前のいいちこが空になっている。

夜も更け、二人の仕事場に無理矢理スペースを作ってしいてもらったお布団にくるまり眠る。

2010年5月13日木曜日

狂犬病ワクチンと銀ブラとアップルストア


実は日本へ発つ数日前バリで犬に噛まれた。

ある家の敷地を歩いていたら突然寝ていた犬がむくっと起き上がり、私の方へやってきたかと思ったら、腿をガブッと噛んだのである。じゃれつくような感じだったのでそれほど痛くはなかったが、出血した。

バリ島で狂犬病の死者が70人以上も出ているのは知っていた。その犬は狂犬病ワクチンを受けた印の赤い首輪をしていたので大丈夫だと思ったが、念のためお手伝いのKさんに確認したら、医者に行った方がいいという。内心そんな大げさなと思ったが、医者に行くと、お手伝いさんの助言は正しかった。

医師曰く、犬の狂犬病ワクチンは何度かにわたって接種して完了するものだが、赤い首輪は初回ワクチンを接種した印でしかないのだそうだ。そこで傷口を消毒した後、(人間用)狂犬病ワクチンの暴露後接種をすることになった。

問題はこのワクチン、1ヶ月にわたり規定の間隔で全5回接種して完了する(WHO方式)。1, 2回目はバリで受けられるが、3, 4, 5回目は日本にいる日程になる。バリで受けた輸入ワクチンとまったく同種のものを日本で受けられるところを保険会社と手分けして探したところ、群馬近郊では東京の日比谷と品川にしかないことが判明した。早速日比谷の病院に予約を入れた。こうして規定の日に3回、東京にワクチンを受けに行かなければならなくなったのだった。

というわけで、この日はその第3回目にあたる。東京までの足という問題も新宿までの直通高速バスができたことで一挙に解決。以前は東京に行くのに埼京線の本庄駅まで車かバスで出る必要があって非常に不便だったが、直通高速バスだと家から徒歩圏内にバス停があり、本数も多くて値段も安く、乗ってしまえば座って寝て行ける。大助かりである。

さて日比谷の病院で無事ワクチン第3回目を受けた後、日比谷公園で以前同じ外人ハウスに住んでいたMgちゃんと待ち合わせ。銀座でランチした後、もうすぐ取り壊しになるという歌舞伎座を見納めしたり、築地の魚市場の方まで散歩する。魚を祀っている神社にお参りして、すっかり日本観光気分に浸る。

それから予約してあった銀座アップルストアのGenius Barへ。

実は忘れもしない4月初めのある朝、突然私のMacが立ち上がらなくなった。専門家に見てもらったところ、ハードディスクが死んでいて、もはやデータにアクセスできない状態だという。バックアップを取っておかなかった私が悪いのだが、仕事もプライベートも含め、過去3年半分のデータを失ってしまった。

頭の中が真っ白になったが、コンピュータは私の商売道具、生命線である。急遽ウブドで新機を調達。失われたデータのうち当面仕事に必要なものは何とか手作業で復活させた。

ハードディスクが壊れた旧機もハードディスク交換すれば使える状態だったので、ハードディスク交換して、両親にあげ、せめてEメールとスカイプだけでも覚えてもらえれば連絡が取りやすくなる、と考えた。そこでMacのウェブサイトを調べていたら、「ハードディスク交換プログラム」の文字が目に入る。読んでみると、何とある時期に発売されたMacBookのハードディスクに潜在的な問題があることが分かり、無料でハードディスク交換をしているという。購入時期から言って、どうやら私の旧MacBookもこれに該当するような気がする。そこで相談のためGenius Barの予約を取ったのだった。

まさにドンピシャであった。晴れて私の旧MacBookは無料でハードディスク交換されることになった。

その後Mgちゃんと松屋で別れ、新宿から高速バスで帰路につく。

夜はまた黙々とCDをコンピュータに読み込ませる。

2009年1月18日日曜日

怒濤の一日

仕事がようやく片付いて、束の間の上京を果たす。

お土産を買うのに朝っぱらからつきあってもらったMGちゃん。「切手」と「切符」を言い間違うのはこの方です。

居酒屋でMGちゃん(左)、Lちゃん(中)、MRちゃん(右)と。ぶり大根とかほっけの開きとか、居酒屋メニューを堪能する。日本語の堪能振りに舌を巻く アメリカ人翻訳家のLちゃんは、最近念願の猫を飼い始めてとても幸せだそうだ。私に水晶をくれた宮崎出身のMRちゃんはフルマラソンを走るスプリンターで ある。

大尊敬するブラジル音楽系ギタリスト、Aさんのライブをキャッチ。東京で恋しいもののひとつはこの方のギターです。

最後はMHちゃんと朝まで語り明かした。素晴らしいマッサージ師であるMHちゃんは、鍼灸学校で治療家としての勉強を深め、昨年国家試験に合格して晴れて 鍼灸師となった。治療の道に進む前はクライマーで、ネイチャーガイドで、トライアスロンもこなしてしまうという、この美貌からは想像できない過去を持つ。

2009年1月12日月曜日

Back in Tokyo


仕事の関係で急遽一時帰国することになった。

かれこれ1年、東南アジアの熱帯圏で暮らしてきたというのに、いきなり真冬の日本へ。成田到着直前「現地の気温はマイナス1℃」というアナウンスに耳を疑った。実に30℃近い気温差である。

しかも二晩まともに寝ていない。飛行機は夜の便で機中泊だったし、出発前夜のウブドはものすごい雷雨が一晩中続いて、ほとんど一睡もできなかった。

そんなどろどろの状態で早朝に到着し、そのまま丸一日のミーティングに突入する。

更に、その後大学時代の先輩のバンドのライブにまで行ってしまった。

気絶寸前の疲労状態だったが、極度な疲労時には不思議とテンションが高くなるものである。何より、懐かしい旧友たちとの再会をしょっぱなから果たし、嬉しい一夜。