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2009年5月20日水曜日

タイ再訪 その3:友人Mとの再会


イタリア人のMとは去年チェンマイで知り合った。旧市街の北門近くにモダンジャズのライブを聴かせる店があった。そこは随分とカジュアルで寛容な店で、ミュージックチャージも取らなければ、飲み物も注文せずにただ見ていても一向にとがめられたりしなかったので、毎晩人で溢れていた。日替わりのバンドはチェンマイ在住西洋人、タイ人、日本人ギタリストHくんなどから成る混成チームで、演奏レベルも高かった。チェンマイを去る直前になって通うようになり、楽しい旅人たちともいろいろ知り合った。Mはそのうちのひとりだった。もっと早く来ていたらよかったと随分後悔したものだ。

Mはもう15年旅をしているという生粋の旅人だ。職業はコック。お金がなくなると働いてお金を作り、貯まったらまた旅を続ける。自然体でオープン、何でも自分で体験し、自分なりの哲学を持っている。無頼さと温かさが同居し、イタリアにいるマンマ(お母さん)からは何と毎日電話がかかってくる!

約1年振りに再会するMは、ヘビースモーカーのベジタリアンから、ノンスモーカーのノンベジタリアンになっていた。インドネシア、スラウェシ島沖の離れ小島で釣りの面白さに目覚め、釣り三昧の毎日。それで魚を食べるようになったのだという。とてもチャーミングなタイ人の彼女と一緒に暮らす小さなアパートで、手料理をふるまってくれた。イタリアのマンマが送ってくれたパルメサンチーズとトマトとバジルをオリーブオイルと胡椒で味付けただけのシンプルなおつまみ、鯖のマリネ、イカのリゾット、青菜の炒め物をタイビールでいただく。おいしい!

2009年5月19日火曜日

タイ再訪 その2

街角でソムタムを売るおばさん

さて、バンコク自体は3度目なので今更観光でもない。目的は専ら、友人との再会、インドネシアでは手に入りにくいものの買い出し、久々のタイ料理にタイマッサージ、そしてバンコクサルサコミュニティの偵察である。

銀座のようなバンコクの中心街で、久し振りの大都会と(ウィンドウ)ショッピングを楽しみ、ナイトマーケットやフードコートで久々のタイ料理を食べ歩き(チェンマイに住んでいた頃毎日通っていた近所の大衆食堂に比べると3倍くらい高いけど、3倍おいしいわけじゃない!)、チャオプラヤー河を航行する船に乗ってバンコク情緒を味わい、タイマッサージの名門ワットポーで脳天がズキズキするくらい痛いタイマッサージを受け、ダンススクールで久々のサルサレッスンを受けた。本当はサルサクラブをいくつか偵察したかったが、諸事情により今回は断念した。

2009年5月18日月曜日

タイ再訪 その1

ワット・アルン(暁の寺)よりチャオプラヤー河を望む。
ワット・アルンはジャワ島のヒンドゥー遺跡プランバナンにちょっと似ている。


ビザの関係やら買い物やら友人との再会を兼ねて、ちょっとバンコクに行ってくることにした。カレンダーを見て驚いたのだが、4ヶ月暮らしたチェンマイを出たのがちょうど1年前の5月18日。ちょうど丸1年ぶりのタイ再訪なのであった。

バンコクは蒸し暑くて、とても過ごしにくい。河口の街だということと、大都市特有の温室効果が相乗しているのだろう。

バンコク名物交通渋滞

さて、1年振りのタイは何も変わっていなかった。道端に空間さえあれば食べ物屋が軒を広げるところも、王様の像が至るところに掲げられているところも、夕方6時きっかりに国歌が流れ、道行く人が皆起立・静止するところも、夜中に公道を象使いに連れられた象が歩いていたりするところも。

変わっていたのは自分のタイ語力である。私はいちおう去年4ヶ月チェンマイに住んで、タイ語のレッスンも受けていた。声調と文字の難しさに挫折し、ちっとも上達しなかったとは言うものの、挨拶やら数字やら基本的な表現くらいは使えていたのである。それが、コップンカー(ありがとう)とサワディーカー(こんにちは)以外、基本表現も、数字も、基本単語もきれいさっぱり忘れ去っているのには、我ながら驚愕した。ところがおもしろいことに、何かヒントやきっかけがあると、ずるずると芋づる式にいろんなことを思い出す。これは私にとっておもしろい発見だった。私にとってタイ語は言葉の引き出しではなく、一般の記憶の引き出しに一緒にしまわれているらしい。

これぞタイ。空間さえあればどこでも食堂に早変わりする。

2008年5月17日土曜日

チェンマイ



チェンマイで約4ヶ月暮らした。タイ語は最後まであまり上手にならなかった。ご飯はいつも近くのタニン市場で食べた。家からはチェンマイの聖山ドイ・ステープが見えた。私が暮らし始めた頃は、朝夕寒いくらいで、みかんがとてもおいしかった。そのうち「マンゴの花を洗う雨」が降り、マンゴが出回るようになり、やがてドリアンの季節になった。酷暑期のチェンマイでソンクラン(水掛祭り)を体験し、やがてチェンマイを去る日が来た。今チェンマイのことを考えると、失くした恋を思うような切ない気持ちになる。

2008年5月4日日曜日

タイ山岳民族

タイ北部には多様な山岳民族が住んでいる。その村々を訪ねた。

メオ族

リス族

シャン族の女性。素敵な帽子をかぶっている。

国境の街

タイ-ビルマ国境近くに中国系の街がある。



遊んでいた女の子たち。ガイドさんが「かわいいから写真を撮りたいって」と伝えてくれたら、飛びきりの笑顔を見せてくれた。

タイ-ビルマ国境

タイとビルマの国境に立ったこの日、あの不幸なサイクロンがビルマ南部を襲っていたことを後で知った。


遠くに見える山々はもうビルマ

2008年5月3日土曜日

メーホンソン

タイとビルマの国境近くに位置するメーホンソンを訪れた。遊覧飛行のつもりでチェンマイからセスナ機を奮発したのだが、当日は大雨。景色は何も見えず、飛行機は大揺れだった。

湖畔のお寺

高台からの景色

メインストリート

Tシャツ屋のお姉さん

2008年4月14日月曜日

ソンクランの情熱


噂のチェンマイのソンクラン(水掛祭り)を初めて体験した。いや〜、すごいのなんの。写真をお見せできないのが残念である。水中カメラでない限り、カメラを持っていくなんて無謀すぎるから。

何をするのかと言えば、手に手に武器(バケツや水鉄砲)を持って、ただひたすら水を掛け合うのである。街中が一大戦場と化す。家庭ならばドラム缶に水を入れたものを用意し、通りがかりの人にかけまくる。旧市街を囲む道は人で埋め尽くされ、お堀の水(かなりバッチイ)を汲み出してはお互いかけまくる。道路にはトラックが連なり、荷台にドラム缶を用意して水をかけてくる。こちらも通りから応戦する。所々に出る氷屋から氷を買って、冷たくした水をかけるのも流行である。これを朝から晩までやって、日が暮れる頃一時休戦となり、頭から爪先までびっしょり濡れてガタガタ震えながら帰途に着く。そしてこれが何と、5日間続くのである。その期間、当然市内の交通はマヒ状態となる。

タイ正月にあたる酷暑期のこのお祭りはタイ全土で行われるのだが、チェンマイのは年々肥大化の傾向にあるらしい。人出の半数は外国人観光客や他の地域からの観光客で、無礼講も多く、事件や事故も多い。昔の素朴で慎みのあった水掛祭りを知る地元の人たちにとって、この傾向は決して嬉しいものではない。この時期の大混雑を避けて、別の場所へ避暑ならぬ避・ソンクランする地元人も多いようだ。

そんなダウンサイドもありつつ、大人も子どもも童心に帰ってひたすら水を掛け合って笑い合うというのがこんなに楽しいとは思わなかった。私の母が昔、テレビでソンクランのニュースを見て、「あれは楽しそうだね」とぼそっと言ったのを思い出した。

2008年3月8日土曜日

Pai



チェンマイからバスで3時間半ほど行ったところに、Paiという街がある。そのレイドバックな感じがヒッピーたちの人気を集め、住み着いている西洋人がたくさんいる。タイ北部の田舎とニューエイジが不思議に融合している場所である。最近は少々過開発の傾向にあるようだが、恐らく独特な磁場があるのだろう。気持ちがほっこりする。

2008年2月21日木曜日

ニマンヘミン通り

チェンマイきってのおしゃれエリアと言えば、ここニマンヘミン通り。大型ホテルが立ち並び、ナイトバザールや飲食店や歓楽街など観光客向けの店が多い旧市 街とピン川の間のエリアが歌舞伎町だとすれば、ここニマンヘミンはさしずめ青山と言ったところ。タイの名門国立大学チェンマイ大学の広大なキャンパスの西 側に伸びるこの通り一帯には、おしゃれなカフェやブティック、クラブが立ち並び、おしゃれなタイの若者たちが集う。




2008年2月15日金曜日

象

タイでは象はとても身近な存在である。かつては重要な労働力であり、カレン族という山岳民族は象使いとして有名である。象は宗教的なモチーフとしてもよく登場し、お寺の塔の土台を支えていることがよくある。有名なタイビール「チャーンビール」の「チャーン」は象という意味である。私が住んでいた地域の名は「白い象」という意味だった。

さて、チェンマイでは夜の街で象に出くわすことがある。象使いの人が商売用に連れ回しているのだと思うが、一度、夜の道路(そう、道路です)を歩く象さんに出会ったときはおかしかった。テールランプをつけているのだ、象さんが。そうだよね、見えないで衝突したら大変だもんね。

2008年2月2日土曜日

ドイ・ステープ

私の家からはチェンマイの聖山、ドイ・ステープがきれいに見えた。ドイ・ステープにある山寺Wat Doi Suthepの美しい金色の仏塔も見えた。毎朝山に向かって手を合わせたものである。


2008年1月21日月曜日

タイ語の勉強

近くの食堂でご飯を食べるのも、市場で買い物するのも、ソンテウ(乗合タクシー)に乗るのも、タイ語ができなければどうにもならない!という状況に置かれ、慌ててタイ語の学校へ通い始めた。

2008年1月17日木曜日

お寺:Wat Chiangman


古都チェンマイはお寺の宝庫である。旧市街にあるワット・チェンマンは色遣いがとても美しい。