末広がりの1月8日を出発の日に選び、ノマド生活の舞台を海外に広げた2008年も、早いものでもうすぐ終わる。日本の皆さんはこたつに入ってみかんを食べながら紅白を見て、除夜の鐘を聞いて、初詣に繰り出している頃でしょうか。これから初夢を見て、あるいは初日の出を拝んで、元日の朝は年賀状を見ながら、おせちやお雑煮を食べ、お年賀を持って年始の挨拶に行ったり、お年玉をあげたりするでしょうか。
こうして国を離れてみると、当たり前のように繰り返していた年中行事が、とても民俗的な新鮮さを放って見えてくる。日本人は何てお正月を大事にするのだろう。ひとつひとつに特別な名前をつけるほどに。そしてその文化の陰影や繊細さは、移ろいゆく四季が生み出したものだと、1年中熱帯にいると実感できる。
年末年始を迎え、何かそわそわと居ずまいを正さなければという気持ちになっている私は、そんな自分の中の日本をとても誇らしく、愛おしく思う。
終わりよければすべて良し。皆様、本年は大変お世話になりました。来年もまたよろしくお願い申し上げます。
2008年12月26日金曜日
言い間違い

インドネシア語で「早い」は”cepat(チュパット)”、「疲れた」は”capek(チャペック)”と言う。私はよくこの2つを言い間違う。
今日も子守のKさんに「もう雨期は終わったの?」と聞いたら、Kさんが「終わったかも知れない」と言うので、「早いね!」と言うつもりが、「ツカレタ!」と言ってしまった。
Kさんは笑って、「雨が「疲れた」のかもしれないけど、「早い」ね」と何ともウィットに富んだ返答で直してくれた。
実は先日も私はこれをやった。バスルームの水道の調子が悪いので管理人のKさんに見てもらっていたら、Kさんがたちまち直してしまったので、「え?もう終わったの?ツカレタ!」
そのときは言った直後に自分で気付いたのだが、Kさんは何も言わなかったので、多分、「今リエは『ツカレタ』って言ったけど、きっと『早い』って言いたかったんだろう」と頭の中で修正してくれたに違いない。
私の友だちのMちゃんは、「切手」と「切符」をよく間違うそうだ。郵便局で「切手」を買うために並んでいるときなど、「どっちだっけ、どっちだっけ、切手、切手」と頭の中で練習するのに、いざ自分の番になると「切符下さい!」と言ってしまうのだそうだ。
みなさんもこんな言い間違い、ありませんか?
2008年12月25日木曜日
Selamat Natal/Merry X’mas!


バリはヒンドゥー教の島なので、クリスマスと言っても観光客相手の行事に過ぎないのだが、クリスマスとボクシングデーは何としっかり祝日なのだった。インドネシアはイスラム教徒が9割を占める世界最大のムスリム国家なのだが、国家公認の6つの宗教(イスラム、カトリック、プロテスタント、ヒンドゥー、仏教、儒教)というのがあって、国民はこのどれかに属さなければいけないことになっているらしい。それで公認宗教の祭日は国定休日ということになっているのだろうか。
さて、クリスマスの今日は空がとてもとても青く、暑い一日だった。インドネシア語教室のクラスメートだったオーストラリア人のSさんとRさんと、田んぼの見渡せるのどかなレストランで、クリスマスランチをした。
2008年12月18日木曜日
導かれる

朝いつものように出し抜けにJがやって来た。Jは私のモーターバイクの貸し主なのだが、バイクの定期点検をしたいから代車をもって来たという。代車を試乗せよというJの命令で近所を走り回ったら、頬に当たる風が心地よい。それでちょっと遠出したくなった。
Jが帰った後、湖畔に温泉の湧く湖まで足を伸ばそうかと代車で走り始めたら、道を間違えて、以前探して見つけることのできなかった「聖なる泉」を偶然見つけた。
昨年の夏に訪れた青森、白神山地の青池を思い起こさせる静かな泉を見ていたら、なぜだか頭の中をElis Reginaの”Só Tinha De Ser Com Você”のメロディがーぐるぐる回る。たぶん「あなたは青でできている。その青の中に私を住まわせて」という歌詞のせいだと思う。しばらくこの歌を口ずさみながら、泉に佇んでいた。端から見たら相当変な人だったに違いない。
そうこうしているうちに雲行きが怪しくなってきたので、湖行きは諦め、街に戻ることにした。来た道を戻りはじめたら、街道沿いに何だか気になる木と神社がある。そちらに逸れてみると、道はまだまだ続いている。それがどこに続くのか確かめたくなって進んで行くと、小さな村に出た。道はそこで3つに分かれている。通りかかったおばあさんに現在地を確かめ、街に戻る方角へ進んでみた。
何度か分かれ道にぶつかりながらもしばらくカンで進んで行くと、今度は何と探していた神社に出たのである。
実はその神社にはちょっとご縁があって、以前知り合いの方にティレム(暗月)のお参りに連れて行っていただいたことがある。そのときは車で、しかも月のない夜だったので、もう一度行きたくても道が良く分からなかったのだった。
2008年12月15日月曜日
2008年12月14日日曜日
2008年12月12日金曜日
子守Kさんの村へ
子守のKさんの村で、プルナモ(満月)のこの日、建物を新築したときのウパチャラ(宗教祭礼)があるというので、同行させてもらった。Kさんは普段はウブドの私の下宿先に住込みで働いているが、実家でウパチャラがあるときには、休みが取れる限り帰省する。
Kさんの村はウブドからバイクで1時間ほどの街から、勾配のきつい山道を入っていったところにある。観光客が溢れるウブドとは別世界の素朴な山村で、人々は今も川で水浴するし、台所にガスはなく薪釜を使い、冷蔵庫もない。敷地内に親戚3世帯が暮らす典型的なバリの家で、奥には豚小屋があり、素朴な機織機で娘さんたちは機を織る。Kさん一家はご両親と6人姉妹の8人家族で、二女のKさん含め三人は外へ出ている。台所の隣の6畳ほどの広さの寝室に寝台が2つ置いてあり、そこに家族全員(今は常時5人)で寝るという。
儀式は親族の神社に親戚一同集まって、土砂降りの中行われた。赤い帽子を被った女性のブダンド(最高司祭)と男性のマンク(神社の司祭)が粛々とそれぞれの役目を執行する。親族の人たちは傘を差しびっしょり濡れながら、手順を進めていく。
手で印のようなものを結び 花と聖水を使って儀式を進めていた
儀式の様子も興味深かったが、何より心に残ったのは、Kさん一家の人間としての立派さだった。しっかり者のKさんにいつも感心していたが、ご家族にお会いして、それがとても納得できた。正直言って貧しいご家庭である。けれども凛としていて、人に対して優しい。お母さんはとてもほがらかで、可愛らしくて、一緒にいると温かい気持ちになる。妹さんたちもKさんのように、心配りが細やかでしっかりしている。家族のあり方というものについて、とても考えさせられた一日だった。
2008年12月9日火曜日
2008年12月8日月曜日
2008年12月7日日曜日
2008年12月6日土曜日
2008年12月5日金曜日
モーターバイクを洗う
雨期入りしてから久し振りに、昨日、今日と天気がいい。洗濯日和である。
私は自分でモーターバイクを洗おうと思って、家の管理人さんにどこで洗えるかと聞いたら、私の意図がうまく伝わらず、近所の洗車場を案内されてしまった。モーターバイクの洗車サービスは以前からよく見かけてはいたが、システムがよく分からないので利用したことがなかった。けれど管理人さんに聞いたら、値段も高くないし、ちょっと待ってればすぐやってくれると言うので、思い切って行ってみた。
よくお昼を食べに行くご近所食堂の向かいにバイクの修理工場みたいなのがあって、そこで洗車もしてくれるという。油まみれのガテンなお兄さんたちにおずおずと聞いてみたら、とても親切で、何と4人がかりですみからすみまでピカピカにしてくれた。惚れ惚れするような仕事ぶり。これでたった70円くらいなんて、なんだか申し訳ないくらいである。心なしか私のモーターバイクも洗ってもらってとてもうれしそうだ。お兄さんたち、ありがとう。
2008年12月4日木曜日
2008年12月1日月曜日
火葬
昨日のお葬式に続いて、今日は火葬が行われた。お葬式の会場である王宮から、火葬が行われる神社までの1 kmほどの距離を、遺体を乗せた壮麗な櫓と、遺体を荼毘に付すのに使われる黒い牛の張り子とが、御神輿のように人々の手で担がれて運ばれて行く。相当な重さだろう。進んでは休み、休んでは進む。行進の列に参加してただ歩いているだけでも暑くて汗が噴き出すくらいだから、担いでいる人たちは相当暑いだろう。 消防車が出動し、担ぎ手の人々に放水車で水を浴びせる。楽隊が随行し、行進の様子に合わせて、賑やかな音楽を奏でる。
こんな大きな櫓を…
人が担ぐ。おじさんたち、ご苦労様です!神社に到着すると、遺体が櫓から黒い牛の張り子に移され、神官によって儀式が行われた後、荼毘に付される。この後も様々な儀式が執り行われるのだが、火葬 が始まると大抵の人は帰ってしまい、後には遺族や観光客がひっそり残るのみとなる。私も一度くらいは最後まで見届けてみたいと思いながら、空腹と暑さに負けて、いつもこの辺で引き上げてしまう。
火葬祭礼のクライマックス。遺体を入れた黒牛の張り子が燃やされるさて、火葬の様子については以前にも何度か書いているので、今日は楽隊に注目。私は葬送行進に随行する楽隊がとても好きで、今日は行進の最初から最後まで楽隊にくっついて歩いていた。打楽器から構成されるこの楽隊は、まるでサンバのように血湧き肉躍るリズムを奏でる。サンバと違うのは、リズムと旋律がバリ的にエキゾチックなところで、これがまたたまらない。葬送行進に随行する楽隊はどうやら若い衆の務めらしく、10代後半から20代前半くらいの男の子たちで構成されている。リーダーが行進の様子を見ながら指示を出すのだが、これがものすごくかっこいい。櫓と黒牛が休んでいるときはゆっくりしたリズム、前進するときには早いリズム、と絶妙なタイミングで盛り上げる。私の知る限りでは、サンバ、ニューオーリンズのセカンドライン、そして阿波踊りに並ぶかっこよさだ。
2008年11月30日日曜日
お葬式
昨日ガムランのお稽古を受けたときに、先生が、明日ウパチャラ(宗教祭礼)があるから見にいらっしゃいと誘ってくださったので、朝から正装して出かけた。先生の住む村の王族のお葬式で、今日が祭礼、明日は火葬だそうだ。
午前中は川に聖水を汲みに行く儀式があり、午後は王宮の外庭でトペン(仮面舞踏劇)が演じられた。
先生は一日中、楽隊としての務めを果たしておられた。様々な楽器をこなす八面六臂の活躍振りに、尊敬を新たにした。そして、初めてフルセットでウパチャラを見学することができて、感動の一日だった。
午前中は川に聖水を汲みに行く儀式があり、午後は王宮の外庭でトペン(仮面舞踏劇)が演じられた。
先生は一日中、楽隊としての務めを果たしておられた。様々な楽器をこなす八面六臂の活躍振りに、尊敬を新たにした。そして、初めてフルセットでウパチャラを見学することができて、感動の一日だった。
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