昨年突然友だちのMちゃんから結婚するというおめでたいニュースが届いた。お相手は同じ会社の同郷の方だという。新婚旅行の候補はタイかバリだというので、強力にバリを推したら、本当に来てくれた。
こうなると俄然張り切る私である。とっておきのドライバーさんを手配し、ケチャやレゴン、お気に入りスポットなどへご案内した。二人ともとても楽しんでくれたようで、うれしい。
雨期なのに不思議とお天気にも恵まれた。きっとバリの神様たちが二人の門出を祝福してくれているに違いない。Mちゃん、Sさん、末永くお幸せに!
オイル漬けチーズ(チェコ代表Dくん)と納豆(日本代表Mさん)の仁義なき戦い
そもそもどうしてそういう話になったのか思い出せないのだが、あるときチェコ人同業者(旅する翻訳者)Dくんと話をしているうちに、自分の国にはどれだけ外国人には理解できない珍妙な食べ物があるかという変なお国自慢になった。日本の珍味代表として私は納豆を挙げ、この腐った豆がいかに臭く、そのねばねばした食感がいかに気持ち悪く、しかしそれが日本人にとっていかに美味いものであるかを力説した。これを受けてDくんは、チェコにはオイル漬けにしたチーズというものがあり、その食感はスライムのようにどろりとしていて、それがいかにビールに欠かせないものであるかを力説した。これは是非東西珍味対決をして、互いの国の珍味が食べられなかった方を負けとしようではないかということになった。
ウブドにはありがたいことに日本人で納豆を作っている方がいて、簡単に手に入れることができる。しかしチェコのチーズはどうするかというところで話がストップしていたのだが、折良くチェコからやってくるDくんの友だちに持ってきてもらうことができた。
チェコからやってきたそのチーズはチェコ製カマンベールといったところ。それをオイルにいろいろなスパイス(にんにく、玉ねぎ、月桂樹の葉、黒胡椒、唐辛子など)を入れたものの中に漬け込むこと1週間。決戦はクリスマスイブと決まった。
決戦の心強い味方は、日本人のヨガの先生でお料理上手のMさんとそのボーイフレンドで納豆と梅干しをこよなく愛する不思議なカナダ人JMくん。場所を提供していただくばかりか、Mさんが納豆パスタとサラダを作ってくれることになった。言い出しっぺのくせにまったく労力を提供していない私は、ちょっと奮発して白ワインを買っていくことにした。
決戦のゴングが鳴った。持参の容器からドロドロとチーズを器に分けるDくん。あれ?すごくおいしそうじゃん!と3人の視線が集まる。試食開始。おいしい!!!黒パンとワインによく合う。3人ともすっかり気に入ってしまい、完食。
次に納豆パスタ。3人の視線を受けながら試食するDくん。「うーん、奇妙な味だけど、きっと慣れると思う。でも唇がねばねばして、しゃべりづらい」と言いながら、こちらも完食。おぬし、なかなかやるな。
というわけで、勝負は引き分け。
最後に何とJMくんお手製生チョコレートケーキが登場。カカオの豆をローストして、つぶして、そこにココナツオイルとパームシュガーと、あと何だったっけな?を入れて作るのだそうだ。チョコレートが自分で作れるなんて!!これが感動的においしくて、私のテンションは一気に上がった。お代わりまでして、お腹いっぱいのクリスマスディナーとなった。
ここでLさんのことを書いておかなければならない。
Lさんは2年前ジョグジャカルタのインドネシア語学校に2週間ほど通ったとき私の先生の一人だった。実際授業を受けたのは2度くらいなのだが、教え方が上手で、工夫があって、とても印象に残った。昨年ジョグジャを再訪したとき再会して、旅人なのだということが分かった。そのときLさんはちょうどスマトラ島の旅から帰ってきたところだったのだ。
欧米や日本のような先進国で旅人であることはもはや大変なことではない。ある種確立されたルートであり、情報も豊富だ。けれどもインドネシアのような経済力が弱く、保守的な国で、女性が一人旅をすることは、相当気骨のいることなのではないかと思う。
しかもこの人は小柄で華奢なのである。体重なんて37キロしかない。バックパックを背負ったらつぶれそうだ。一体この体のどこにあんなパワーが潜んでいるのだろう。
今回の旅では以前から関心を持っていたスンバ島の文盲の村につてを頼って3週間住み込み、無報酬でインドネシア語の読み書きとインドネシアの地理を教えたそうだ。もちろん旅費も食費もすべて自費である。ひとりの子がたどたどしいインドネシア語で書いた「わたしはおおきくなったらけいさつかんになりたいです。すいぎゅうをぬすむどろぼうをつかまえたいからです」という作文に感動した、と話してくれた。ジョグジャの子どもがそんなことを考えているだろうか、と。
惜しまれつつスンバ島を後にしたLさんは、フローレス東端の伝統的な捕鯨が行われるラマレラ村に向かった。到着2日目に地元の漁師に頼んで一緒に船に乗せてもらい、12時間を船上で過ごし、捕鯨を目撃した。それは言葉にならないような体験で、あまりに夢中だったので、船酔いさえ忘れてしまったそうだ。鯨はそんなに簡単に捕れるものではない。その前にはフランスの撮影クルーが2ヶ月住み込んで撮影を試みたが、一頭も捕れなかったそうである。漁民たちは漁に向かう前にまず自分の心を清めるそうだ。邪な心があると漁は成功しない。そうして捕れた鯨は村人の間で均等に分配されるという。深い哲学と高いモラルを持つ人たちだとLさんは語った。
ラマレラの後、Lさんはフローレス島を西進し、モニでクリムトゥに登り、エンデに移動し、エンデからバスに乗ってルーテンに来た。ルーテンで旧友Eさんや私と合流した後、ラブハンバジョに向かい、そこから飛行機でスラバヤへ飛び、電車でジョグジャへ帰って行った。つまりラブハンバジョからスタートしてモニまで東進する私とは逆のコースを辿ったわけだ。
Lさんはジョグジャのインドネシア語学校ではパートタイムで教えている。なぜフルタイムにならないの、と聞いたら、旅がしたいからだそうだ。次はどこへ行くのだろう。







