ここでLさんのことを書いておかなければならない。
Lさんは2年前ジョグジャカルタのインドネシア語学校に2週間ほど通ったとき私の先生の一人だった。実際授業を受けたのは2度くらいなのだが、教え方が上手で、工夫があって、とても印象に残った。昨年ジョグジャを再訪したとき再会して、旅人なのだということが分かった。そのときLさんはちょうどスマトラ島の旅から帰ってきたところだったのだ。
欧米や日本のような先進国で旅人であることはもはや大変なことではない。ある種確立されたルートであり、情報も豊富だ。けれどもインドネシアのような経済力が弱く、保守的な国で、女性が一人旅をすることは、相当気骨のいることなのではないかと思う。
しかもこの人は小柄で華奢なのである。体重なんて37キロしかない。バックパックを背負ったらつぶれそうだ。一体この体のどこにあんなパワーが潜んでいるのだろう。
今回の旅では以前から関心を持っていたスンバ島の文盲の村につてを頼って3週間住み込み、無報酬でインドネシア語の読み書きとインドネシアの地理を教えたそうだ。もちろん旅費も食費もすべて自費である。ひとりの子がたどたどしいインドネシア語で書いた「わたしはおおきくなったらけいさつかんになりたいです。すいぎゅうをぬすむどろぼうをつかまえたいからです」という作文に感動した、と話してくれた。ジョグジャの子どもがそんなことを考えているだろうか、と。
惜しまれつつスンバ島を後にしたLさんは、フローレス東端の伝統的な捕鯨が行われるラマレラ村に向かった。到着2日目に地元の漁師に頼んで一緒に船に乗せてもらい、12時間を船上で過ごし、捕鯨を目撃した。それは言葉にならないような体験で、あまりに夢中だったので、船酔いさえ忘れてしまったそうだ。鯨はそんなに簡単に捕れるものではない。その前にはフランスの撮影クルーが2ヶ月住み込んで撮影を試みたが、一頭も捕れなかったそうである。漁民たちは漁に向かう前にまず自分の心を清めるそうだ。邪な心があると漁は成功しない。そうして捕れた鯨は村人の間で均等に分配されるという。深い哲学と高いモラルを持つ人たちだとLさんは語った。
ラマレラの後、Lさんはフローレス島を西進し、モニでクリムトゥに登り、エンデに移動し、エンデからバスに乗ってルーテンに来た。ルーテンで旧友Eさんや私と合流した後、ラブハンバジョに向かい、そこから飛行機でスラバヤへ飛び、電車でジョグジャへ帰って行った。つまりラブハンバジョからスタートしてモニまで東進する私とは逆のコースを辿ったわけだ。
Lさんはジョグジャのインドネシア語学校ではパートタイムで教えている。なぜフルタイムにならないの、と聞いたら、旅がしたいからだそうだ。次はどこへ行くのだろう。