2010年8月22日日曜日

フローレス島旅行記:Day 4 ルーテンでの一日

Brand Review 朝起きると晴れている。宿の朝食はトーストとゆで卵とコーヒー。バリに比べると大分質素だが、どうやらこれがフローレス島の宿のスタンダードらしい。

宿の敷地の一角に集会所があって、日曜日のためかそこでキリスト教の一派の集会が行われていた。生バンドが入り、歌ったり踊ったりする。次から次へと人が来て、会場はいっぱいである。宿の主人もそこの信者らしい。

この宿の主人はなかなかのやり手らしく、敷地の一角を政府に貸し、政府系の建物が建っている。バリ島のサヌールにも家を持っているそうだ。


宿の主人にルーテン近郊の見所をたずねると、ホモ・フローレシエンシス(2003年に発見された小型のヒトの新種かと言われている生物)の発見された場所があるという。またDくんは誰かに蜂の巣のような水田が美しいところがあると聞いてそこに行きたいらしい。どうやって行けるかと聞いたら、レンタバイクが一日60,000だという。問題はレンタバイクはマニュアルしかなく、私もDくんもオートマチックしか乗ったことがないことだった。操作の仕方を教わってみたが、ギアチェンジはなんとかなりそうなものの、ブレーキがオートマチックの場合ハンドルにあるのに対し、マニュアルは足で操作する。これは慣れるのに時間がかかりそうだし、いきなり人を乗せて知らない道を走るのは危険すぎる。とりあえずLさんからの連絡を待って考えようということになり、連絡があるまでまた散策に出ることにした。


ところがカテドラルに着いた頃雨が降り出し、雨足は強まるばかり。しばらく雨宿りし、雨足が弱まったのを見計らって前進するのだが、またすぐ雨足が強まり、どこかの軒下で雨宿り。


そうこうしているうちにLさんから連絡が入った。Lさんはジョグジャカルタの大学時代の親友Eさんがこの街に住んでおり、その親類筋のドライバーさんを頼んでルーテン近郊のツアーをするのはどうかと提案してくれた。3カ所回って一人120,000ルピアは安くはないが、雨の中慣れないマニュアルバイクに乗るのは無理だし、街もあらかた見てしまったし、雨の中宿でじっとしていてもしょうがないので、しぶるDくんを説得して、Lさんのプランに乗ることにした。


小雨を見計らって宿まで戻り、出かける準備をする。

しばらくして、Lさんと親友のEさんとご主人のCさんを乗せた車がやってきた。Lさんは今晩は私の部屋に泊まることになったので、荷物を私の部屋に置き、出発する。


まずは街中の食堂で昼食。それからホモ・フローレシエンシスが発見されたリアンブアの洞窟へ。かなり大きな洞窟で、今も発掘作業が進められている。実際の骨はジャカルタで研究が進められているそうで、残念ながら見ることができない。現地ガイドの話によると、見つかった骨と同じDNAを持つ人が村に現存しているそうで、背の高い人もいれば低い人もいるそうだ。

次にパイを等分に切ったような形状の水田が見られるエリアへ。高台から見るとその形状がよく分かる。住民の間で均等に土地を配分するために考えられた形状なのだそうだ。とても人の良い農家のおじさんが案内してくれた。



最後に、Eさんの親戚が住む伝統村へ。大きな家が2棟あり、各氏族を代表する一家族ずつが共同生活をしているのだそうだ。今日はお葬式の準備で残念ながら中を拝見することができなかったが、とても興味深いシステムだった。



3カ所回って宿に戻ったときはとっぷり日が暮れていた。3カ所を車で巡りながら、バイクで来なくて本当に良かったと思った。というのも道がガタガタの悪路だったり、ヘアピンカーブの狭い山道だったりして、しかも雨が降っている。慣れないマニュアルで走っていたらかなり危険だったろう。それに地元のEさん・Cさんの案内のお陰で、ちょっとイタリア語のような響きを持つ現地の言葉を聞くこともできたし、いろいろな意味で豊かな経験ができた。


さてツアーから宿に戻り、Eさん・Cさんご夫婦と別れて、LさんとDくんと3人で夕食を食べに行った。日曜の夜のせいか大方の店はもう閉まっていて、数少ない開いている食堂に入る。アヤム・ゴレン(鶏肉を揚げたもの)を頼んだら、ものすごく小さくてものすごく高いのにびっくりした。どうやらフローレスでは鶏は高いらしい。


Lさんは翌日もルーテンに残り、親友Eさんとの5年ぶりの再会を楽しむことにしたという。


Dくんと私は次の街バジャワに行くことにした。宿の主人に交通手段を相談すると、ローカルバスだと60,000ルピアだが、朝早く出発場所まで行って席を確保しなければならないし、バジャワの街外れの道路で下ろされてしまって、街中までは行ってくれないそうだ。同じ宿にマウメレに戻るドライバーが泊まっており、バジャワまで一人75,000ルピアで行ってくれるという。街外れから街までベモに乗れば5,000かかるので差は10,000になる。それで席が確保されて、融通が利いて、宿まで行ってくれるなら私はこっちを取る。私はもう20代のバックパッカーではないので、差が10,000ならば快適さを取るのだと主張して、Dくんを負かした。ドライバーと商談は成立し、出発は朝の7時ということになった。


夜中、どこかの部屋から大音量の音楽が聞こえてきて、大迷惑。朝方まで騒ぎは続き、おかげでほとんど眠れないまま一夜が明けた。