
1ヶ月にわたって関わっていた仕事が終わり、人と関わる仕事が終わるときにつきものの、安堵感と寂しさがないまぜになった気持ちを味わっている。こういう感傷は時と共に薄れていくものだけれど、ないよりはあった方がいい。
そんなわけで読みかけの「国家の品格」を読了した。ところが実はこれ、再読だったということに、読み始めて随分経ってから気付いた。これには我ながら愕然とした。
先日よく行く貸本屋の本棚にこの本を見つけ、「いつかベストセラーになってたやつだな」と思い借りたのだが、読んでいたら「あれ、何か聞いたことあるな、この話」という箇所がちらほら出てくる。随分後半になってから、数年前会社の先輩にお借りして読んだことがあったのをやっと思い出した。
読みやすくてすいすい読んでしまう本は忘れるのも早いのか、はたまた年のせいかは敢えて結論を出さないことにして、興味深かったのは自分にとって印象深かった箇所はやっぱり覚えていることで、さらに今回の再読で今の自分にとって印象深い箇所が新たに付け加わった。
例えば、「ならぬことはならぬものです」という武士道精神的問答無用の決めつけは今の私にはとても爽快に響くし、日本人の自然に対する繊細な感受性は、日本を離れて暮らすようになってより一層強く、誇らしさと郷愁を伴って実感するようになった。
また天才の出る地域には偏りがあって、その条件は「美の存在」、「跪く心」、「精神性を尊ぶ風土」を備えていることだという説は前回読んだときにも印象深かったのだが、今回は「夢の中で女神ナーマギリが教えてくれる」と言って次々に異様に美しい定理や公式を発見したというインドの高卒の大天才数学者ラマヌジャンという人がとても気になった。最近仕事の関係でインド的ものの考え方に触れる機会が多いせいだろう。
この「美しさ」というのがミソで、著者で数学者の藤原正彦先生は「あらゆる理系の学問において、美的情緒こそ最も重要」と断言しておられる。
岡潔という変わり者の日本の大数学者が、数学の独創には情緒が必要と考え、芭蕉一派の俳諧の研究に励み、毎日お経を唱え、天皇陛下に「数学とはどんな学問か」と聞かれて「生命の燃焼です」と答えたというエピソードも紹介されていて、印象深い。
ド文系の私に「理系の学問に美的情緒が最重要」ということが実感として分かるわけではない。が、直感的には分かる気がするのだ。それは究極この世の本質は美なので、真実を探求するには美を感じられる感性がなければいけないということなのではないか。そうだとしたらうれしいことである。