所用で約1年ぶりにジョグジャカルタを再訪することになった。
ジョグジャカルタ(通称ジョグジャ)は世界遺産ボロブドゥールやプランバナンを擁するジャワ島の古都であり、今はインドネシアの学園都市として知られる。マレーシアからインドネシアに南下してきた2年前、まずは基本のインドネシア語を勉強しようと、1ヶ月この街に暮らし、インドネシア語の学校に通ったことがある。その頃、ムラピ山の姿を足元まで見た人は、必ずまたジョグジャに帰ってくるという伝説があると聞いた。朝焼けのボロブドゥールから、ムラピ山の姿を足元まで見たしっかり見た私は、以来なんだかんだと一年に一度はジョグジャを訪れている。
さて、今回は渡航前日にそのムラピ山が噴火した。テレビも新聞も見ない不勉強な私はそんなこととは露知らず、空港まで迎えに来てくれた宿のIさんとドライバーのNさんに聞いてびっくりした。ムラピの山守としてジョグジャの英雄的存在だったマリジャンおじいさんも、今回の噴火で亡くなったという。ただこの時点では、ジョグジャ市内はまだ影響がなかった。その後、ムラピは活発な噴火活動を続け、私がジョグジャを去る日の噴火では、風向きの関係か、火山灰が街中を覆った。そして帰りの飛行機は2時間遅れとなった。
火山灰が降ったジョグジャカルタ市内
私がジョグジャを去った後も、ムラピは一向におさまらず、死傷者の数も増えている。Iさんによれば、火山灰を除けば市内での生活には今のところ影響は出ていないようだが、飛行機は欠航が続いており、日本領事館からも避難や備蓄の勧告が出ている。予断は許されない状況で、被害が広がらないことを祈るばかりである。
ムラピの噴火と前後して、スマトラ島沖のサーフィンやダイビングのメッカ、メンタワイ諸島でも大きな津波があり、450人近くが亡くなっている。
実は肝心のジョグジャでの「所用」の方は、結局、諸般の事情で果たすことができなかった。周到に準備していたことなのでかなり気落ちしたが、考えてみれば平穏に今日生きていられるだけで御の字というもの。気を取り直して、火山灰が降る前のジョグジャの街を普通に観光したり、バティックを見て回ったり、安くておいしい食べ物を堪能したり、インドネシア語学校時代の先生たちに会ったりして、4日間を過ごした。