2009年9月27日日曜日

踊りの稽古


ガムランの先生が楽器を直しに行くというので、くっついて行った。先生が工房で交渉をしている間、ふらふら近所を散歩していたら、村の集会所に女の子たちが集まってこれから踊りの稽古が始まろうとしているところに出くわした。のぞいていたら、外国人が珍しいのか、女の子たちが全部こちらに押し寄せてきてしまった。

「どこから来たの?」
「誰と来たの?」
「名前は何ていうの?」
「これからどこに行くの?」
中には日本語を習っているという子もいて、「ハジメマシテ、ドゾヨロシク」

稽古が始まる前に先生が戻ってきてしまったので、後ろ髪を引かれる思いでその場を後にしたが、振り返るともう稽古が始まっていて、さきほどの無邪気な女の子たちがあの色っぽいS字の型を作っているのだった。

2009年9月26日土曜日

クタ・カーニバル


クタの海岸で毎年恒例の「クタ・カーニバル」なるものが行われていて、各国料理が安く食べられる「フードフェスティバル」などもあると聞き、晴れているのがうれしくて、海までひとっ走り行ってきた。

いい感じのジャズバンド

フードフェスティバルの様子

フードフェスティバルの様子

バリ名物クタの夕日

ジューシーな夕焼け

2009年9月23日水曜日

雨のロングバケーション

猫もかたまってまるくなる雨の寒空

80年代の大瀧詠一の名盤”A Long Vacation”の女性ヴォーカルによるカバー版が出るということをとあるメーリングリストで知り、懐かしくなってiTunesからアルバムを引っ張り出してきて、大好きだった「雨のウェンズデイ」など聴いていたら、今日は水曜日でしかも朝から雨だということに気付いて、「これぞ雨のウェンズデイ」と一人で悦に入っていたうちはまだ良かった。

この雨、それからまる1週間降り続いたのである。

しかも、イスラム教の断食明け大祭と日本の所謂シルバーウィークがばっちり重なった1週間に、である。

日本から観光で来た人々も、ジャワ島から観光で来た人々も、お気の毒だったが、こう毎日降り続くと住んでる私も鬱になる。洗濯物は乾かないし、外出すればまた濡れるし、太陽がまったく顔を出さないどんよりした空の下に閉じこめられていると、考えることが全部悲観的になってくる。

今また「これぞ雨のロングバケーション」と一人で悦に入っていられるのも、太陽が戻ってきてくれたお陰である。

2009年9月7日月曜日

インドネシア語再挑戦


インドネシアに住み始めてまる1年経った。というのに、私のインドネシア語は未だに最初の2週間ジョグジャカルタの学校で学んだ知識に毛が生えた程度で、下宿先の3歳児にも劣る体たらく。その昔ブラジルで1年を過ごした後の私のポルトガル語力とは雲泥の差である。

友人に国際協力の仕事でスリランカに派遣されているAという人がいて、彼もまた派遣されて1年経つがシンハラ語が思うように上達しないというので、先日メールでぼやきあったところである。

私の方の敗因を分析すると、まずは圧倒的に曝され度が違う。ブラジルでは英語はほとんど通じなかったので、とにかくポルトガル語を使わなければ何もできなかった。対するここバリは観光地なので、英語が結構通じてしまう。更にバリの人々の日常言語はバリ語なのであり、インドネシア語はあくまでインドネシアの国語、共通言語としてあるので、そういう意味でも曝され度が違う。

さらに、これはAとも同感したのだが、辞書が良くない。知りたい言葉をひいても載っていないし、載っていても複数の選択肢のうちどれを使うべきなのか、どう使えばいいのかが分からない。

しかし何と言っても一番大きな要因は、やはりその言語に対する愛である。私はブラジル音楽に恋をしてブラジルに渡った人間で、その音楽の一部たるブラジル・ポルトガル語をこよなく愛している。が、インドネシア語に対してはそれがない。これは決定的な違いである。これはスペイン語を愛するAも同じようだ。

しかし、滞在も長くなるとそうも言っていられないのだ。愛がなく、死活問題ではないにしても、やはり地元の人たちと思うようにコミュニケーションがとれない状態はかなりフラストレーションがたまる。1年振りにジョグジャを訪れ、インドネシア語の先生たちに再会したりしたことで、私の反省に火がついた。

そんな一念発起の折、素晴らしい辞書に巡り会ってしまった。今までも本屋をのぞく度に辞書コーナーをチェックしていたが、なかなかいい辞書に巡り会えなかった。それがようやく、である。値段も張るので勇気が要ったが、思い切って買ってしまった。

「学習者のための現代インドネシア語辞書」というこの辞書、その名の通り、学習者のニーズをよく分かって作られており、解説、例文、スラングや綴りのバリエーションが豊富で、私の知りたかったことに見事に答えてくれる。素晴らしい。感動的。著者の先生に会ったら、両手を握ってぶんぶん振り回してしまいそうだ。無知の暗闇に光が差したかのような、知る喜び。Aくんごめん、お先に!

2009年9月6日日曜日

ンガベン(火葬の儀)の準備

通りかかったバンジャール(地域共同体)の集会場に
可愛く並ぶ張り子たち

今はバリ暦(太陰暦)でいう第二の月に入っており、この月はンガベン(火葬の儀)がよく行われる月だそうだ。なるほど近所ではこのところ、遺体を入れて燃やすのに使われる黒い牛の張り子を作る光景が見られた。ンガベンは大変お金がかかるので、亡くなってすぐ行えるのは王族とかお金持ちだけで、庶民はいったん遺体を埋めて、お金が貯まってから合同で行うそうだ。亡くなってから火葬の儀を行うまでに5年かかることもあるらしい。うちの近所の合同葬は明後日行われる。

2009年9月2日水曜日

ジョグジャ再訪 その3

泥棒市で Nさん

今年の2月にバリで再会を果たしたフランス系カナダ人の友人Aくんは、その後私の紹介でジョグジャのIさんの宿に泊めていただいたのだが、ドライバーのNさんと妙に気が合って、まるで兄弟のようにつるんでいたとIさんは言う。なんでもメガネマニアのAくんを連れて、Nさんは街中のメガネ屋をまわってくれたらしい。黒いNさんと白いAくんがバイクに二人乗りで、メランコリックなジョグジャの街を走る場面を思い描くと、まるで映画のような叙情がある。
Aくんについてはこちら:
http://nomadmorenacokelat.blogspot.com/2009/02/blog-post.html

そのときAくんがメガネを買ったという泥棒市に連れて行ってもらった。なぜ泥棒市かと言えば、盗品まで売っているかららしい。しょうもないものから、骨董品の類まで本当に何でも売っている。

2009年9月1日火曜日

ジョグジャ再訪 その2

ソロに沈む夕日

去年ジョグジャに滞在していたとき行きそびれたソロへ。日本の皆さんには「ブンガワン・ソロ(ソロ河)」でお馴染みのソロである。

見事なバティック博物館を見学し、飲茶をたらふく食べた。

バティックの製作工程

Happy birthday to me! Iさんが抹茶ケーキを焼いてくださった。
さてろうそく2本の意味するものは!?