2008年5月30日金曜日

ジム・トンプソン マニア!(前編)

私はジム・トンプソン マニアである。2002年に初めてタイを訪れたとき、ガイドブックの片隅に載っていたこんな内容の文章に私の目は釘付けになった—ジム・トンプソンシルク商会はバンコクの高級シルクブランドだが、当主のジム・トンプソンは1967年休暇で訪れていたマレーシアのキャメロン・ハイランドで行方不明になったまま、今も行方が分かっていない—。そんなことってあるの!?果たして、そんなことはあったのである。

バンコクのジム・トンプソンシルク商会本店に足を運んでみると、”Jim Thompson – The Unsolved Mystery(ジム・トンプソン—解けない謎)”(William Warren著)という本が売られていた。私は早速購入し、夢中で読んだ。そこには、第二次大戦のときにCIAの前身、OSSの一員としてタイにやって来た若いアメリカ人建築家が、タイに魅せられてそのまま居着き、やがてタイシルクの可能性を見出して、廃れつつあったそれを国家産業にまで育て上げた経緯、彼が忽然と姿を消した「運命の日曜日」以降の混迷の捜査の様子、乱れ飛んだ様々な憶測が、克明に描かれていた。そして私は益々ジム・トンプソンに惹かれたのである。

なぜ自分がこの人にこんなに惹かれるのかと考えてみると、いまだに解けない謎という吸引力以外に、もうひとつ大きな理由があることに最近気付いた。私は、どうもこういう、「本国を遠く離れたエキゾチックな国の魅力に惹かれ、そこに居着いてしまう」エグザイルな人たちに惹かれるようだ。本国フランスを離れタヒチに居着いた画家のポール・ゴーギャンや、ドイツを離れバリに居着いて今のケチャの形を作ったウォルター・シュピースのように。J-WAVEのナビゲータ、ロバート・ハリスさんが自らの旅の経験を綴った「エグザイルズ」という本を、そう言えば、私は初めてバリに来た2001年に、ウブドの古本屋で見つけ、帰りの飛行機で夢中になって読んだ。ロバート・ハリスさんは当時、まさにウブドで、その名も「エグザイルズ」という店を共同経営していたようだ。

ジム・トンプソン マニア!(中編)





話が大分逸れたが、その本を読んで以来、一度行ってみたいと思っていたキャメロン・ハイランドに、ついに行ってきた。マレーシアの軽井沢とも言われる高原の避暑地キャメロン・ハイランドは、最近日本の退職者の海外長期滞在先としても人気が高い。紅茶の栽培で有名で、美しい茶畑が広がっている。

ジム・トンプソンが滞在していて散歩に行くと言ったまま姿を消した「月光荘」は、車通りから大分山の中に小道を登った行き止まりの高台にあって、周りは鬱蒼としたジャングルである。今は廃屋になっているが、往時のチャーミングさは今でも感じられる。軍隊でサバイバル訓練を積み、ジャングル歩きが趣味だったというジム・トンプソンが、確実にこの道を歩いたのだと思ったら、背筋がゾクッとした。地元のタクシーの運転手さんに「1967年に彼が失踪した後の大捜索のことを覚えていますか?」と聞いたら、「小さかったからねえ」と言われた。

ジム・トンプソン マニア!(後編)

キャメロン・ハイランドを訪れたことで、私のジム・トンプソン熱は再燃し、ちょうど日本から遊びに来る友だちに、実家に置いてあった原書と、この事件をモデルに書かれた松本清張の小説「熱い絹」を持ってきてもらった。この私のジム・トンプソン熱は幼なじみのRちゃんにも飛び火し、彼女も「熱い絹」と、図書館の書庫に眠っていた”Jim Thompson – The Unsolved Mystery”(William Warren著)の和訳本、「失踪―マラヤ山中に消えたタイ・シルク王」(吉川勇一 訳)を探し出して読んでいる。

2008年5月20日火曜日

入院騒動


Hちゃんのお友だちとの夕食会に参加する。7人でわいわい楽しくご飯を食べて別れたのだが、なぜか私だけが何かに当たったらしく夜半から苦しみだし、とうとう立っていられない状態に。元ハノイ在住で事情通のHちゃんがテキパキと病院やら保険やらタクシーやらを手配してくれ、病院に担ぎ込まれた。それから点滴で一夜を過ごした。ハノイ最終日は家で寝ている羽目になったけど(それでもハノイ名物の水上人形劇だけは何とか観に行った)、友だちのありがたさが身に染みた。Hちゃんがいなかったら私はどうなっていたことだろう。何もかもテキパキと手配し、病院まで付き添い、4時間しか寝ないで翌朝迎えに来てくれたHちゃん、ほんとうにありがとう!

ベトナム料理はおいしい

交通事情は最悪、ファッションセンスはキッチュなハノイだが、ベトナム料理はほんとうにおいしい。ライスペーパーを多用し、たれにそれぞれの家の秘伝があるようだ。タイ料理に比べて味付けがマイルドで繊細なので、日本人の口には合うような気がする。とにかく何を食べてもおいしいので感動した。

2008年5月19日月曜日

不気味なマネキンたち





ハノイのマネキンは不気味である。まるでセンスの悪さを競っているかのようだ。

ハノイの街並み

2年間ベトナム・ハノイで仕事をしていた友人のHちゃんがハノイを再訪するというので、チェンマイから合流した。ハノイの交通事情は無秩序の極みである。他の東南アジア諸国と同じくバイクが主流なのだが、信号も交通ルールもここではまったく通用しない。歩行者が道を渡るのは、たとえ青信号でも命がけである。さらに車もバイクもひっきりなしにクラクションを鳴らして走り続けるものだから、耳障りな騒音に一日中さらされることになる。ところが2年間この街で暮らしたHちゃんは、スイスイ道を渡り、騒音も気にならなくなったと言う。住めば都とはこのことである。