2011年5月2日月曜日

子どもを守れ!いま福島原発で起っていること

4/30(土)に行われた広瀬隆さんの講演です。

今の福島第一原発事故の状況がどれだけ危機的であるか、福島の人たち、特に子どもたちがどれだけ高い危険に晒されているか、仮に福島原発事故が収束したとしても、活発化している地震活動によって、他の原発にも同じような運命が控えていること、だからなんとしても原発を(特に浜岡を即刻)止めなければいけない、ということがよく分かります。是非ご覧ください。


2011年5月1日日曜日

原発に反対する理由

福島第一原発事故が起きてから、これまでの無知・無関心を猛反省し、勉強しては衝撃を受ける日々を送っていますが、これまでに学んできたことを、一度ここにまとめておきたいと思います。


私が原発に反対する理由


1. 原発は人間が作る機械である。人間のやることに絶対はないし、機械は壊れるものである。そして自然の力は人間を遥かに超えたものである。よって絶対安全ということは論理的にありえない。事故が起きてしまったときに原発が地球環境と人間を含むあらゆる生命体にもたらす被害は、甚大で広範で長期にわたり、取り返しがつかない。


2. ましてや日本は4つのプレート(北米プレート、太平洋プレート、ユーラシアプレート、フィリピン海プレート)がぶつかりあう位置にある地震大国である。地震や津波などの自然災害による事故の確率は非常に高い。


3. 原発がないと電力が足りなくなるので原発は必要悪だと私たちは思い込まされてきたが、これも巨額の広告投資による洗脳である。実は原発がなくても電力は足りている。日本の電力の3割は原子力だと言うが、発電施設の設備容量から言えば火力と水力だけで十分賄える。火力と水力を休ませて、原子力の割合を上げているだけである。火力発電所の稼働率を上げるだけで、原子力発電分は十分賄える。


4. 原子力発電は発電手段としてもメリットがない。発電効率は3分の1と悪く、燃料のウランは石炭、石油、天然ガスといった化石燃料に比べても数十分の一しかない。またコストがかかるため、電気代が高くなり、経済性から言っても合わない。


5. 原子力発電はCO2を出さないので環境にいいと宣伝されているが、CO2を出さないのは発電時だけであり、原発の建設、燃料ウランの採掘・輸送、濃縮・加工、放射性廃棄物の処理などから大量のCO2を排出している。そもそもCO2が地球温暖化の原因という説自体怪しいと言われている。さらに原発は発生した熱エネルギーの3分の1しか電気にならないため、残りの3分の2の熱が海に捨てられ、その膨大な熱量で海を加熱している。


6. 原子力発電はウランを核分裂させることによって生じる熱を利用して発電するが、これによって死の灰=核分裂生成物ができてしまう。この放射性廃棄物を処理する方法が確立されていない!!ゆえに「トイレなきマンション」と言われている。日本政府は再処理して地下深く埋める計画だが、高レベル放射性廃棄物は100万年も監視が必要なほど危険な毒性物質。つまり原子力発電は無責任に放射性廃棄物を排出して、その管理を未来の子どもに押しつけている。


7. 原発は都会にはない。これは作る側がその危険性を知っているからであって、つまり利便性だけを都会が享受し、リスクを地方に押しつけている。今回事故を起こした福島第一原発も東京電力のものであり、被害を受けている福島の人たちは、自分たちが使っていない電気のために甚大な被害を被っている。利便性を享受したいなら、リスクも引き受けるべきである!


8. 原発は、例え事故がなかったとしても、作業員の被曝がなければ一日たりとも動かない。原発の中でも放射能で汚れた現場で働くのは、電力会社の社員ではなく、下請け、孫請け、ひ孫請けの作業員である。放射能の知識も与えられず、ずさんな被曝線量管理の元、被曝して、使い捨てられていく。放射線障害を発症しても労災が認められることもなく、実はたくさんの人々が亡くなっているという事実が隠されている!


詳しくはまたシェアしていきます。

反原発オンライン署名サイト

福島第一原発事故が起きたとき、今まで無知・無関心だった私が心に誓ったことは、あらゆる反原発署名に署名することと、原発をなくすために自分にできることをやることでした。


毎日チェックしているこちらのサイト(http://www.amanakuni.net/)で、反原発署名のまとめサイトがいくつか紹介されていましたので、ご紹介します。


反原発オンライン署名サイト

http://nmfp.web.fc2.com/


STOP原発!原発反対の署名ができるサイト

http://matome.naver.jp/odai/2130148259763568501


よろしければご活用ください。

子ども20ミリシーベルト撤回要求のため政府交渉に参加してみよう!

参加しているメーリングリストの方から教えていただきました。

明日の午後、福島の子どもたちに20ミリシーベルトもの被曝(日本の基準値の20倍!子どもの放射線感受性が成人の5倍であることを考慮すれば、100倍!ドイツの原発労働者に適用される最大線量!)を許容する政府の決定を撤回することを求める政府交渉が参議院会館にてあるそうです。


詳しくはこちらをご覧ください。

http://www.foejapan.org/infomation/news/110428.html


お知らせをくださった方自身、過去に参議院会館での政府交渉に参加した経験があり、政府の対応の仕方を直に体験する機会としてお勧めとのことです。日本の行政についていろいろ垣間見ることができ、自分一人が参加する意義についても感じるところがあったそうです。


そんなこととは今まで縁のなかった私ですが、日本にいたら是非初体験してみたかったと思います。やってみたいという方、是非ご検討ください。

2011年4月30日土曜日

悲惨を極める原子力発電所事故

昨日明治大学で行われた「終焉に向かう原子力 第11回」での小出裕章・京都大学原子炉実験所助教による講演「悲惨を極める原子力発電所事故」の内容がこちら↓に掲載されていると教えていただきました。

http://chikyuza.net/n/archives/9063

(情報源:http://hiroakikoide.wordpress.com/)


早速読みました。

そもそも原子力発電とはどういうものか。その危険性とは何か。破局的な事故が起きるとどうなるか(チェルノブイリの例)。被曝の危険性。日本の原子力政策のカラクリ。福島第一原発事故がなぜ起き、今どういう状態にあり、最悪のシナリオは何か。今後の放射線による健康障害の予測。汚染にどう向き合うべきか。予測される東海地震とその上に建つ浜岡原発の危険性。世界一の地震国日本に54基の原発があることの誤り。原発がなくても電気は足りているという事実。何より大事なのは原発を即刻全廃し、エネルギー大量消費社会を改めること。

…と非常に包括的な内容が、豊富なデータとともに示されています。

是非たくさんの方に、本を読むようなつもりで、じっくり読んでいただきたいと思います。


先日ご紹介した23年前の小出先生の講演「放射能を嚙みしめながら〜原子力選択の意味を考える〜」でもそうだったのですが、今私にもっとも重く響いた部分をこちらに転載させていただきます。


汚染への向き合い方

     チェルノブイリ事故後、ソ連国内とヨーロッパの食べ物は強い汚染を受けました。それを知った日本人は、放射能汚染した食品は食べたくないとして、国に輸入規制を求め、日本の国は、セシウム 134と137の合計で 370ベクレル /kg以上汚れているものは日本国内に入れないと規制しました。しかし、日本人が食べないからといって汚染した食料がなくなるわけではなく、それは原子力の恩恵などまったく受けず、貧しく食料にも事欠いている国々へと押し付けられました。

     いま、福島原発事故で、福島県内や周辺の食料は汚れています。もちろん、誰だって放射能など食べたくありませんし、私も同じです。しかし、私たちが汚染した食料を拒否すれば農業と漁業が崩壊します。私たちはエネルギーを厖大に使える社会があたかも豊かであるように思い、農業と漁業を崩壊させてきましたが、その象徴が原子力だと私は思います。その原子力が事故を起こした時に、さらに農業と漁業を崩壊に追いやってしまうことは、事故から何の教訓も汲み取らないことになります。

     「原子力だけは絶対安全」と偽りの宣伝を流してきたのは国と電力会社、巨大産業群です。一般の人々が騙されても仕方がないと思います。しかし、騙された者には騙されたことに対する責任があります。子どもたちは少なくとも原子力を選択したことに責任はありませんし、放射線の感受性が高いので、何とか彼らを被曝から守らなければいけません。汚染した食料は日本人の大人が引き受けることこそ必要だと思います。

(http://chikyuza.net/n/archives/9063より一部転載)

2011年4月29日金曜日

科学者である前に人間であるということ

祭日の今日、明治大学で「終焉に向かう原子力 第11回 〜チェルノブイリ原発事故25周年 東海地震の前に浜岡原発を停止させよう 福島原発震災をくりかえすな」という講演会があり、京都大学原子炉実験所助教の小出裕章先生と作家/ジャーナリストの広瀬隆さんが講演されたそうだ。


なんと来場者の半数が入りきれず、小出先生が会場に入りきれない参加者のために出てきて挨拶され、「止められなかったことが悔やまれて、言葉にならない。原子力に長年関わってきた者として、心からお詫びしたい」と涙声で頭を下げられたそうだ。

情報源:http://hiroakikoide.wordpress.com/2011/04/29/meiji-apr29/




昨日ご紹介した23年前の小出先生の講演「放射能を嚙みしめながら〜原子力選択の意味を考える〜」で、小出先生は「人類の未来を切り開くのは原子力しかないと思って原子力の道に踏み込んだ。しかし2年経ってそうではないことに気づいた。それ以降は自分の選択の誤りを自分で落とし前つけるしかないと思い、原子力をやめさせるために、この現場に踏みとどまっている」と語っておられる。


日本全国が原発推進だった時代から40年もの間一貫して原発の危険性を警告し、弱い者たちに寄り添い、原発をやめさせるために活動してこられた方だ。私を含め大半の無関心な人々に対し腹立たしく、空しく思うこともあったに違いない。それが「ほら見たことか」、「君たちが無関心だったからだ」ではなく、「止められなくて申し訳ない」と頭を下げられる。


頭を下げたいのは私の方です。

2011年4月28日木曜日

放射能を嚙みしめながら

福島第一原発事故が起きて以来、今までの無知・無関心を大反省して、本当の情報を探したり、原発について学んでは衝撃を受ける日々を送っている。今起きている事故がチェルノブイリ以上になりうる危険性を孕みながら毎日綱渡りを続けている状態であることも知った。原発に対する「必要悪」というイメージは単なる刷り込みであって、全然必要ない「ただの悪」であることも知った。原発の持つ恐ろしさも知った。では毎日大量の放射能が放出されている日本で、自分の家族や友だちも含め日本に住む人々が、また自分が一時帰国したときに、日々の生活の中でどうそれに対処すればいいのか、食べ物や飲み物はどうすればいいのか、外出するときはどんなかっこうをすればいいのか、日々どんなことに気をつければいいのかということを考えているときにこの講演記録を見て、私は頭を殴られたようなショックを受けた。


「放射能を嚙みしめながら〜原子力選択の意味を考える〜」

1988年10月9日(チェルノブイリ原発事故から2年半後)に名古屋で行われた、小出裕章・京都大学原子炉実験所助手の講演記録

1から10までありますが、2時間ほどの講演と質疑応答から成っています。

http://www.youtube.com/watch?v=Ny3hgBjwwxA

http://www.youtube.com/watch?v=RzVrDCzUL9I

http://www.youtube.com/watch?v=M8eSAmgix-c

http://www.youtube.com/watch?v=8XoLxCIcCmA

http://www.youtube.com/watch?v=h3qcS7CD2-Y

http://www.youtube.com/watch?v=RMp0Y1-nSXg

http://www.youtube.com/watch?v=xz37RvUBJAI

http://www.youtube.com/watch?v=wmYqfE46fu4

http://www.youtube.com/watch?v=0otVMpGFX-k

http://www.youtube.com/watch?v=A2aw52X6vnk


私はなんと視野が狭く、利己的だったのだろう(主に以下の概要4の部分をご覧ください)。

是非たくさんの方に見ていただきたいのですが、概要を以下に記します。


【概要】


1. チェルノブイリ原発事故により地球環境がどう汚染されたか


1986年4月26日、チェルノブイリ原発で事故が起きた。

チェルノブイリ原発はソ連自慢の最新鋭の原発で、2年間順調に運転し、点検のために止めていたときに事故が起きた。

原発は運転すればどんどん死の灰が溜まっていく。従ってチェルノブイリ原発には2年分の死の灰が溜まっていた。これが一気に放出された。

出力100万kWのチェルノブイリ原発から放出されたこの死の灰の量は、広島原爆の1,500発分。

これによりソ連・ヨーロッパを中心に高濃度の汚染が起きた。


しかし汚染はソ連・ヨーロッパだけではなかった。

約1週間後の5月4日、大阪の山の中にある京都大学原子炉実験所で雨水の中から放射能が検出された。それから空気、土、草、食べ物などありとあらゆるものを測ったが、汚染されていないものはひとつもなかった。

例えば北海道産の牛乳の中にも放射能は検出され、1986年7月初めをピークに下がってきたが、1988年9月時点でもなくなっていない。


少しでも被曝を少なくする手段はないかといろいろ実験してみた。

葉物野菜を買ってきて、まずぼろぼろになるまでごしごし洗ってみたが、放射能は2割くらいしか取れなかった。

次にぐつぐつ煮てみたが、放射能は6割くらいしか取れなかった。

全然取れないよりはいいが、放射能自体がなくなるわけではない。取れた分は水の中に出て、下水→川→海へと流れて他の生き物にしわ寄せが行くことになる。

さらに母乳からも放射能が検出された。水道に活性炭浄水器をつけてみたが、放射能を取る効果はほとんどなかった。

この経験から言えることは、一度放射能を環境に放出してしまったら、守る手段はないということ。

相対的に汚染度の低い日本でもこんなに影響があった。ソ連・ヨーロッパの汚染はその何十倍、何百倍にも及んだ。


問題はこれだけでは済まなかった。

日本は世界一の食糧輸入国である。ソ連・ヨーロッパからも大量の食糧を輸入しているが、ソ連・ヨーロッパでとれたものは例外なくすべて放射能で汚染されていた。日本政府はソ連・ヨーロッパからの輸入食糧を対象に検査を行い370ベクレル/Kgという基準値を設けてそれ以上のものは入れないという措置を取ったが、この検査は全数検査ではなく非常にずさんで、実際には基準値を超えた食糧品が街で普通に売られているという状況になった。


2. 放射能だけではない汚染


問題は放射能だけではない。

日本には水俣病やカネミ油症など、公害の問題もいろいろある。

放射能による被害と公害の間には類似点がある。それは人間が生み出した化学物質を人体がどう扱っていいか分からないということ。

例えば母体について言うと、胎児性水俣病の場合、母体は水銀をどう扱っていいか分からないため、胎児に押しつけてしまう。

また放射性ヨウ素の場合、母体は天然のヨウ素と放射性ヨウ素を区別できないため、胎児に必要なヨウ素をどんどん与えてしまう。

生命体が対応を知らないものを作り出すのは罪深いことである。


日本は水銀系農薬の使用量でも各国比較でダントツトップである。

輸入食糧にも輸送のために大量の農薬が収穫後散布されている。

輸入大豆や小麦をエサにしていた淡路島モンキーセンターのサルたちは、農薬により2割という高い率で四肢がないなどの奇形が生まれた。


3. エネルギーの大量消費


日本は100年以上にわたり年5%エネルギー消費量を増やしてきた。

このままいけば近い未来に次の世代の子どもたちが生き延びられる環境がなくなってしまうだろう。

原子力だけでなく、化石燃料も含め、エネルギーを大量消費すれば豊かになるという考え方を改めなければならない。


4. 放射能汚染にどう向き合って生きていくべきか(質疑応答の内容の一部を含む)


ソ連・ヨーロッパから輸入される食糧品の放射能汚染について、反原発運動をしている人たちも含め、汚染しているものを日本にいれるなという運動が起きた。

しかし私はこれに違和感を覚える。


私は子どもは守りたい。子どもには原発の責任はないし、放射能に敏感だからである。被曝による発がん危険度は年齢によって子どもが高く、年を取るほど低くなっていくので、汚染された食べ物は大人が食べれば被害を抑えることができる。


しかし私は日本の大人を守るつもりがさらさらない。

日本には37機の原発があり、チェルノブイリ原発事故後も先頭に立って推進している。

そういう国に汚染を拒否する資格はない。

放射能は煮ても焼いてもなくならない。

日本が拒否した汚染食糧は誰かが食べることになる。それは誰か?原子力など使ったこともなく、放射能のほの字も知らない、チェックの仕方も知らない貧しい国々だ。


世界にはすさまじい食糧とエネルギー分配の不均衡がある。

例えて言うなら、4人の子どものうち、いちばん強い一人がおやつもおもちゃも8割取ってしまう。残りの2割から次に強いやつがぶんどる。最後の一人はわずか1%のおやつとおもちゃしかもらえない。

エチオピアではたくさんの人たちが餓死していく。食べ物がないわけではない。分け方が不平等なのだ。こんなことが許されていいのか。


西ドイツではこんなことが起きた。チェルノブイリ原発事故により西ドイツ南部バイエルン州の乳製品が強い汚染を受けた。これが通常の18分の1の値段でエジプトとアンゴラへ輸出されようとしていたことを市民団体が察知した。市民団体の人たちは自分たちも汚染はもちろんいやだが、それをエジプトとアンゴラへ押しつけるのは到底許せないと言って、国外に出すことを阻止する闘争を始める。そして大変な苦労の末に輸出を一部阻止することに成功した。残りはおそらくすでにアフリカに輸出されてしまったにちがいない。汚染された食糧を日本に入れるなという発想と何とちがうことか。


またチェルノブイリ原発事故によって皆パニックを起こしているが、事故が起きようと起きまいと、原発による被曝は実はこれまでもたくさんあった。

原発の現場では、日雇い労働者のような人たちが放射能の知識も与えられないまま、被曝して使い捨てられていくという現実がある。こういう人たちが被曝しながら原発を支えてきた。


こういう現実を目の前にしてどうしたらいいのか。

原子力の問題は原子力ではない。生きることの根本に関わっている。

ひとりひとりが自分の現場できちっと生きていくことが、原子力に関わることになる。


反原発運動が盛んになるのはいいことだが、日本人だけは放射能汚染された食べ物を食べるのいやですと言って拒否するというのは原発を止める力にはならない。

他の人の痛みを感じられるよう視野を広げて運動を作らなければ、原発を止める力にはならない。

私は自分の子どもを守りたいが、ヨーロッパの子どもも守りたいし、ましてや第3世界の子どもに放射能を食べさせるなんて耐えられないので、自分の責任で食べられるものは自分が食べる。まず自分の中に痛みを抱え込み、その痛みをばねにして、反原発のために一歩また前に進みたいと思いながら、毎日生活している。

みなさんにそれを強いることはできないが、私はそうしているということだけお伝えして、参考にしていただければと思う。