昨日ガムランのお稽古を受けたときに、先生が、明日ウパチャラ(宗教祭礼)があるから見にいらっしゃいと誘ってくださったので、朝から正装して出かけた。先生の住む村の王族のお葬式で、今日が祭礼、明日は火葬だそうだ。
午前中は川に聖水を汲みに行く儀式があり、午後は王宮の外庭でトペン(仮面舞踏劇)が演じられた。
先生は一日中、楽隊としての務めを果たしておられた。様々な楽器をこなす八面六臂の活躍振りに、尊敬を新たにした。そして、初めてフルセットでウパチャラを見学することができて、感動の一日だった。
2008年11月29日土曜日
頭を空っぽにする時間

週に1度、ガンサという楽器(ガムランを構成する鉄琴のような楽器)のお稽古を受けている。私はもともと一人で完結できる楽器(つまりピアノとギター)以外には余り触手が動かない質なのだが、ガムランのあの妖しく美しい音色がいったいどうやって創り出されているのか知りたくて受けたワークショップが余りに楽しくて、そんな時間を持ち続けたい余りに、そのときの先生にお稽古を申し込んだのだ。
一台のガンサに先生と向き合って座り、先生の叩いた通りにとにかく真似をして覚える。楽譜のような記録手段もないし、家に楽器もないから、とにかくその2時間に集中して覚えるしかない。歩くのと一緒で、頭で考えるとかえってうまくいかない。とにかく頭を空っぽにして体で覚える。2時間これをやると、ぐったり疲れるけれども、爽快な疲れだ。
これが楽しい時間になるのは、やはり先生のお人柄によるところが大きい。向き合ってひたすら先生の真似をするという学び方に加えて、ガンサという楽器は、二人で交互にひとつのメロディーを奏でるようになっているので、二人羽織とか二人三脚のようなかなり濃密なコミュニケーションになる*。相性の悪い人とだったら、疲れ果ててしまうだろう。先生の温くてチャーミングなお人柄のお陰で、週に一度のこの時間が、今はとても楽しみなものになっている。
* これはどういうことかと言うと、例えばアヴェ・マリアの冒頭のアルペジオ、ドミソドミソドミを演奏するとしましょう(実際にはスケールが違うから演奏できないけど)。奏者1はド・ソ・ミ・ド・を叩き、奏者2は・ミ・ド・ソ・ミを叩く。これがモザイクのように合わさってひとつのメロディーになるのです。分かりますか?
2008年11月28日金曜日
2008年11月26日水曜日
ゲッコー(トッケイ)

「ゲゲゲゲゲ…ゲッコー、ゲッコー、ゲッコー、(この辺りから次第にトーンダウン)ゲッコー、ゲッコー、ゲッコー、グー、グー…」という何とも愛嬌のある鳴き声を初めて聞いたのは、3年ほど前、フィリピン、セブ島沖の小島、カオハガン島でのことだった。海辺のバンガローで夜寝ていると、決まってこの奇妙な声が聞こえてくる。一体声の主は何だろうと思っていたら、ゲッコー(トッケイヤモリ)という爬虫類だった。
東南アジアには広く分布するらしく、声だけはすっかりおなじみになったが、なかなか姿を見ることができない。今住んでいる家でも夕方になるといつも同じ場所から聞こえてくるので、今度こそはと思って探してみたら、ようやく見つけた。天井の桟の間にへばりついている、体長30 cmはあろうかという大型のヤモリで、水色がかったなかなかきれいな体色をしている。
いつも行くヨガのスタジオの天井にも定位置にゲッコーがいる。最近はクラスを受けに行くと姿を探すのが習慣になってしまった。夜鳴くのが習性のようで、昼のクラスではひっそりおとなしくしている。が、今日は夜のクラスだったので、ゲッコーも鳴きたい時間だったらしい。1時間半のクラスの間に一度だけ、もうどうにも我慢できないという感じで遠慮がちに鳴いたのがおかしくて、ポーズを取りながら一人で笑ってしまった。
2008年11月22日土曜日
Raining cats and dogs

“to rain cats and dogs”というのは「土砂降り」という意味の英語の慣用表現である。もっとも、アメリカ育ちの友人Rくんに言わせると、今時こんな表現はお年寄りしか使わないようだけれど。そもそもどうして”cats and dogs”なのか気になって調べてみると、北欧神話で猫は雨を降らせ、犬は風を起こす力があると信じられていたことから来ているらしい。何とも興味深い話ではないか。
さて、雨期入りしたウブドは、日本の梅雨のように一日中しとしと降り続くということはあまりないのだけれど、毎日午後には一雨来る。が、今日のはまさに、”it rained cats and dogs”だった。
私はヨガのクラスの後、街の食堂でお昼を食べていた。普通に食べて真っ直ぐ帰れば良かったものを、チョコレートムースに目がくらんだのがいけなかった。どんどん雲行きが怪しくなってきたのである。それでも店を出たときはまだポツポツ程度だったので、そのまま逃げ切れると思った私が甘かった。途中から急速に雨足が強まり、むき出しの肌に当たる雨が痛い。慌ててカメラや貴重品が入っているバックにカバーをかけ、レインジャケットを出して着る時間を惜しんで、頭から爪先までずぶ濡れ状態で家へ急いだ。
家に帰り着いて、水のしたたる服を着替え、少ししたら、雨足は更に強まり、雨の音が耳に痛いほどの嵐になった。
チョコレートムースの誘惑には気をつけなくてはいけない。
2008年11月21日金曜日
バリわずらい
私のバリについてもっと知りたい病は進行する一方である。今日は先日ガムランのワーショップを受けた美術館で、ものすごく高いのでものすごく悩んだのだが、清水の舞台から飛び降りる覚悟で「バリのヒンドゥー教」という講座を受けてしまった。残念ながら講座の内容自体は割合一般論的なことに終始し、バリのヒンドゥー教とは一体どういうものなのか、という系統だった話が聞けなかったので、大枚をはたいただけに正直失望も大きかったが、まあそもそもここばバリだし、そんなきっちりしたものを期待する方が間違っていたのかもしれないなあ、あの大枚はバリ文化に寄付したと思うことにしよう、と思い直した。
むしろ、講座の後、受付の若い男の子たちから聞いた生の声の方が私にはおもしろかった。バリは観光客も多いし、物質主義的な文化もいっぱい入ってくるけど、若い子たちはヒンドゥー教なんてやめてしまおうなんて思わないの?という私の質問に対して、西洋文化の影響は表面的なもので、ヒンドゥー教は生まれたときからずっと生活とともにあったものだから、捨てるなんてありえないのだと彼らは答えた。外国に行ったとしても部屋の中でお祈りをするし、死ぬときはバリで死にたい、それはきっと生まれたときに胎盤を玄関先に埋めるせいだろうね、といたずらっぽく笑った。ただ外国の人たちはバリを楽しみに来るけど、自分たちはたくさん働かなくちゃならないので、あんまりバリを楽しむことができないのがちょっと残念だけど、とも。
そんなことを話しているうちに、男の子たちの踊りの稽古が始まった。小学校低学年くらいの男の子たちがバリス(戦士の舞)の稽古を受ける。稽古が始まるまでは日本の小学生と同じように遊び回っている男の子たちが、稽古が始まると「バリ人」になる。それは日本の男の子たちが放課後にサッカーや野球のクラブに行くように、自然なことのようだ。
美術館を後にして、いくつかの用事を済ませ、帰路につくと、交通規制がかかっている。オダラン(神社の創立記念祭礼)の行列だ。バリではウパチャラ(宗教祭礼)があると何をおいてもそれが最優先になり、止められた方も大人しく待つ。悪態をついたり、クラクションを鳴らす無粋な人はいない。規制が解除されるといつものように、モーターバイクや車が忙しく通りすぎていく。それは伝統と現代が交錯する不思議な瞬間だ。そんなバリに私はやられっぱなしだ。
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