2008年11月21日金曜日
バリわずらい
私のバリについてもっと知りたい病は進行する一方である。今日は先日ガムランのワーショップを受けた美術館で、ものすごく高いのでものすごく悩んだのだが、清水の舞台から飛び降りる覚悟で「バリのヒンドゥー教」という講座を受けてしまった。残念ながら講座の内容自体は割合一般論的なことに終始し、バリのヒンドゥー教とは一体どういうものなのか、という系統だった話が聞けなかったので、大枚をはたいただけに正直失望も大きかったが、まあそもそもここばバリだし、そんなきっちりしたものを期待する方が間違っていたのかもしれないなあ、あの大枚はバリ文化に寄付したと思うことにしよう、と思い直した。
むしろ、講座の後、受付の若い男の子たちから聞いた生の声の方が私にはおもしろかった。バリは観光客も多いし、物質主義的な文化もいっぱい入ってくるけど、若い子たちはヒンドゥー教なんてやめてしまおうなんて思わないの?という私の質問に対して、西洋文化の影響は表面的なもので、ヒンドゥー教は生まれたときからずっと生活とともにあったものだから、捨てるなんてありえないのだと彼らは答えた。外国に行ったとしても部屋の中でお祈りをするし、死ぬときはバリで死にたい、それはきっと生まれたときに胎盤を玄関先に埋めるせいだろうね、といたずらっぽく笑った。ただ外国の人たちはバリを楽しみに来るけど、自分たちはたくさん働かなくちゃならないので、あんまりバリを楽しむことができないのがちょっと残念だけど、とも。
そんなことを話しているうちに、男の子たちの踊りの稽古が始まった。小学校低学年くらいの男の子たちがバリス(戦士の舞)の稽古を受ける。稽古が始まるまでは日本の小学生と同じように遊び回っている男の子たちが、稽古が始まると「バリ人」になる。それは日本の男の子たちが放課後にサッカーや野球のクラブに行くように、自然なことのようだ。
美術館を後にして、いくつかの用事を済ませ、帰路につくと、交通規制がかかっている。オダラン(神社の創立記念祭礼)の行列だ。バリではウパチャラ(宗教祭礼)があると何をおいてもそれが最優先になり、止められた方も大人しく待つ。悪態をついたり、クラクションを鳴らす無粋な人はいない。規制が解除されるといつものように、モーターバイクや車が忙しく通りすぎていく。それは伝統と現代が交錯する不思議な瞬間だ。そんなバリに私はやられっぱなしだ。

