2009年8月31日月曜日
ジョグジャ再訪 その1
偶然まる1年振りにジャワ島ジョグジャカルタを再訪することになった。世界遺産ボロブドゥール、プランバナンを擁するジョグジャは、バリの前に1ヶ月滞在した街である。そのとき知り合った母校の20年後輩で大学の夏休みを利用して再訪していたMKちゃん、お世話になった宿のIさん、ドライバーのNさんと楽しい再会を果たした。
天然のMKちゃん曰く、前世はハエだそうだ。なぜかと言えばカエルが異常に怖いからで、そんなMKちゃんが厳しい就職氷河期を乗り切れるように願を掛けてカエルを食べたという。私は残念ながらそのときご相伴にあずかれなかったのだが、代わりにコブラを一緒に食べた。MKちゃん、ガマ汁+コブラ汁パワーでがんばれ!
2週間の滞在を終えて日本へ帰って行くMKちゃんを見送り、下町にあるIさんの宿に戻ると、屋根の間にきれいな月が出ていた。
2009年8月29日土曜日
「国家の品格」再読

1ヶ月にわたって関わっていた仕事が終わり、人と関わる仕事が終わるときにつきものの、安堵感と寂しさがないまぜになった気持ちを味わっている。こういう感傷は時と共に薄れていくものだけれど、ないよりはあった方がいい。
そんなわけで読みかけの「国家の品格」を読了した。ところが実はこれ、再読だったということに、読み始めて随分経ってから気付いた。これには我ながら愕然とした。
先日よく行く貸本屋の本棚にこの本を見つけ、「いつかベストセラーになってたやつだな」と思い借りたのだが、読んでいたら「あれ、何か聞いたことあるな、この話」という箇所がちらほら出てくる。随分後半になってから、数年前会社の先輩にお借りして読んだことがあったのをやっと思い出した。
読みやすくてすいすい読んでしまう本は忘れるのも早いのか、はたまた年のせいかは敢えて結論を出さないことにして、興味深かったのは自分にとって印象深かった箇所はやっぱり覚えていることで、さらに今回の再読で今の自分にとって印象深い箇所が新たに付け加わった。
例えば、「ならぬことはならぬものです」という武士道精神的問答無用の決めつけは今の私にはとても爽快に響くし、日本人の自然に対する繊細な感受性は、日本を離れて暮らすようになってより一層強く、誇らしさと郷愁を伴って実感するようになった。
また天才の出る地域には偏りがあって、その条件は「美の存在」、「跪く心」、「精神性を尊ぶ風土」を備えていることだという説は前回読んだときにも印象深かったのだが、今回は「夢の中で女神ナーマギリが教えてくれる」と言って次々に異様に美しい定理や公式を発見したというインドの高卒の大天才数学者ラマヌジャンという人がとても気になった。最近仕事の関係でインド的ものの考え方に触れる機会が多いせいだろう。
この「美しさ」というのがミソで、著者で数学者の藤原正彦先生は「あらゆる理系の学問において、美的情緒こそ最も重要」と断言しておられる。
岡潔という変わり者の日本の大数学者が、数学の独創には情緒が必要と考え、芭蕉一派の俳諧の研究に励み、毎日お経を唱え、天皇陛下に「数学とはどんな学問か」と聞かれて「生命の燃焼です」と答えたというエピソードも紹介されていて、印象深い。
ド文系の私に「理系の学問に美的情緒が最重要」ということが実感として分かるわけではない。が、直感的には分かる気がするのだ。それは究極この世の本質は美なので、真実を探求するには美を感じられる感性がなければいけないということなのではないか。そうだとしたらうれしいことである。
2009年8月27日木曜日
オダランでコントを観る

名うてのガムラン楽団を擁する隣村の神社でオダランが行われていると聞いて、夜出掛けてみた。
オダランというのは神社の創立記念日で、人々は正装しお供え物を持って家族揃ってお祈りに行くのだが、村祭りのような側面もあって、祈りを捧げる厳粛な場のすぐ外で、神々と人々の両方を楽しませるのであろう、娯楽性の高い芸能演目が奉納・上演されたりする。この聖と俗が自然に隣り合わせる感じがとてもいい。
そしてこの日の演目は、吉本かと思うようなコントなのだった。ドラッグクイーンばりに女装した二人の踊り手と、仮面をつけた二人の男性が、ガムランを伴奏に舞踏と歌を交えたコントを繰り広げ、老若男女問わず会場をドッと沸かせている。バリ語なので話の中味はさっぱり分からないが、絶妙な間や仕草や笑う人々を見ているだけで楽しくなってくる。
夜も11時をまわり、まだまだ続きそうなコントと一向に人の減らない会場に後ろ髪を引かれながら、そっと神社を後にした。
2009年8月17日月曜日
2009年7月27日月曜日
夜の熱帯魚たち

ウブドでは毎晩7~9の芸能定期公演が行われていて、宵闇が迫る頃には街灯にチケット売りたちが溢れ、正装したガムラン演奏者のおじさんやら、上半身裸で黒白の市松模様の腰布を撒いたケチャのおじさんやら、シータ姫やら、神猿ハノマンやら、バリスの踊り手やらが、衣装をつけたまま普通にバイクや徒歩で会場に向かう姿が風物詩となっている。私の敬愛するガムランの先生もこうした定期公演を行う様々なグループに属しているが、今度また新たなグループが結成され、そちらにも加わることになったそうだ。定期公演を間近に控えたその新グループの練習におじゃました。
会場は私が最も好きなサラスワティ王宮。蓮の池がとても美しい。サラスワティは日本で言うところの吉祥天女。弁天様だ。
普段着の踊り手たちとガムラン演奏者のおじさんたちがなんとなく集まって、なんとなく練習が始まる。私はこういう光景を見るのが大好きで、いつまでも飽きることがない。夜の海を泳ぎ回る熱帯魚を見ているような幻想的な時間だった。
2009年7月24日金曜日
Kさん・Mちゃん母娘来訪

田園都市線たまプラーザにある、とある外人ハウスに6年と3ヶ月住んだ。そう言うとよくびっくりされる。普通、人は外人ハウスに6年3ヶ月住んだりはしないものだからだ。
また外人ハウスに住んでいた、と言うとよく「外人ハウスって何?日本人も住めるの?」と聞かれる。その質問にお答えすると、外人ハウスというのは長期滞在の外国人を主な対象とした下宿屋のようなもので、普通の賃貸物件と違って契約に保証人もいらないし、デポジットを払うだけで敷金・礼金・不動産仲介手数料もいらない。また最低限の家具は揃っているので、すぐに住み始められるというものである。また日本人も住めるかどうかは経営者の方針次第である。
なぜそういうところに住んだのかというと、私はいつも外に出たいと思っていたので、敷金・礼金・不動産仲介手数料にも家具にもしばられたくなかったからだ。またなぜそこに6年3ヶ月も住んだかと言えば、居心地が良かったからである。何より窓からの景色が気に入っていた。そのことについては以前このブログでも書いたので、ここでは繰り返さない。
http://nomadmorenacokelat.blogspot.com/2008/09/blog-post_25.html
そしてなぜそこを出たのか、と言えば、居心地が良すぎたからだ。私は外に出るためにそこに住み始めたし、そこは誰もが通り過ぎていくべき場所だったから、そのままいつまでも居続けることはできなかった。会社員生活を辞めて、ノマドになると決めたとき、私はその場所も「卒業」することにした。
6年3ヶ月と言えば小学校1年生が中学校1年生になってしまう年月である。それは私の一時代だったので、部屋を出る朝はいろんな思いが込み上げてきて、管理人さんの奥さんに抱きついて大泣きしたものだ。
その時私に抱きつかれたのがこの方である。私が住み始めた頃はまだ小学生だったのにもう高校2年生になってしまった娘さんと遊びに来てくれた。卒業してもおつきあいは続く。ほんとうにありがたいことだ。人生はつくづく人との出会いだと実感する。
2009年7月19日日曜日
王子様!

ビザの関係で1泊2日のシンガポール行。
と言っても仕事の締め切りと重なり、ほとんど宿かスターバックスにこもって仕事をしていたので、バンコクに続いてシンガポールのサルサシーンをチェックするという野望は果たせず、近所に食事に出る以外ほとんど散策もできなかったのだが、それでもバリでは余り食べられない中華の炒飯(ナシゴレンではなく)や、インド料理が気軽に食べられるのがうれしい。
さて、そんな短い散策の間に、こんなショーウィンドウを見つけてしまった。
思わず「王子様!」と叫びたくなるこのきらびやかな衣装。リトル・インディアにはこんな洋服屋が軒を連ねている。写真ではちょっと見えづらいが、先がくるっと上にカールしたキラキラの靴なども置いてある。インドの方々はどういうときにこういうお召し物をお召しになるのか…おとぎ話のようなショーウィンドウに私の目は釘付けなのだった。
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