2011年4月24日日曜日

福島のこどもたちを守るためにできること

被曝量上限を法定基準の20倍に引き上げ、普通なら一般人の立ち入りが禁止される「放射線管理区域」、それよりさらに放射線量の高い「個別被曝管理区域」で子どもたちが勉強したり遊んだりすることを良しとする。これが日本政府の決定です。5年後、10年後に何が起きるでしょうか。チェルノブイリではIAEAの「安全宣言」にも関わらず、58年後、子どもたちの甲状腺ガンが爆発的に増えました。その発病率は平均発病率の実に7800倍。同じ悲劇が福島で繰り返されようとしています。それに反対しようという署名のご案内です。ご賛同いただける方は、下記URLよりネット署名ができます。以下、ご案内を転載します。

美浜の会、フクロウの会、グリーン・アクション、FoE Japan、グリーンピース・ジャパン、原子力資料情報室の6団体は、下記のような緊急声明および要請を政府に対して提出します。連名可能な団体・個人は、425日(月)23時(一次締め切り)までに、下記のフォームよりご連絡ください。


賛同受付フォーム【緊急声明と要請】子どもに「年20ミリシーベルト」を強要する日本政府の非人道的な決定に抗議し、撤回を要求する

https://spreadsheets.google.com/spreadsheet/viewform?formkey=dGFmYldDV3RzVXFiV2Z5NDhuQXp4OXc6MA

=======以下声明&要請文


呼びかけ団体:グリーン・アクション、グリーンピース・ジャパン、原子力資料情報室、福島老朽原発を考える会、美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会、国際環境NGO FoE Japan


【緊急声明と要請】  子どもに「年20ミリシーベルト」を強要する日本政府の非人道的な決定に抗議し、撤回を要求する


419日、文部科学省は、学校等の校舎・校庭等の利用判断における放射線量の目安として、年20ミリシーベルトという基準を、福島県教育委員会や関係機関に通知した。この年20ミリシーベルトは、屋外で3.8マイクロシーベルト/時に相当すると政府は示している。


3.8マイクロシーベルト/時は、労働基準法で18歳未満の作業を禁止している「放射線管理区域」(0.6マイクロシーベルト/時以上)の約6倍に相当する線量を子どもに強要する、きわめて非人道的な決定であり、私たちは強くこれに抗議する。


20ミリシーベルトは、原発労働者が白血病を発症し労働認定を受けている線量に匹敵する。また、ドイツの原発労働者に適用される最大線量に相当する。


さらにこの基準は、大人よりはるかに高い子どもの感受性を考慮にいれておらず、また、内部被曝を考慮していない。


現在、福島県によって県内の小・中学校等において実施された放射線モニタリングによれば、「放射線管理区域」(0.6マイクロシーベルト/時以上)に相当する学校が75%以上存在する。さらに「個別被ばく管理区域」2.3マイクロシーベルト/時以上)に相当する学校が約‍20%も存在し、きわめて危険な状況にある。


今回、日本政府が示した数値は、この危険な状況を子どもに強要するとともに、子どもの被曝量をおさえようという学校側の自主的な防護措置を妨げることにもなる。


文科省は、20ミリシーベルトは、国際放射線防護委員会ICRP)勧告Pub.109およびICRP321日付声明の「非常事態収束後」の基準、参考レベルの1-20ミリシーベルトに基づくとしているが、その上限を採用することとなる。


21日現在、日本政府からは、本基準の決定プロセスに関しては、何一つ具体的な情報が開示されていない。また、子どもの感受性や内部被曝が考慮されなかった理由も説明されていない。文科省、原子力安全委員会において、どのような協議が行われたのかは不明であり、極めてあいまいな状況にある(注)。


私たちは、日本政府に対して、下記を要求する。

・子どもに対する「年20ミリシーベルト」という基準を撤回すること

・子どもに対する「20ミリシーベルト」という基準で安全とした専門家の氏名を公表すること


(注)4月21日の政府交渉で、原子力安全委員会は正式な会議を開かずに、子どもに年20ミリシーベルトを適用することを「差支えなし」としたことが明らかになった。また、422日、‍5人の原子力安全委員の意見とりまとめについて議事録は無かったと、福島瑞穂議員事務所に回答している。


(参考)

421日付ドイツシュピーゲル誌の20ミリシーベルト設定に関する記事(「文部科学省、子どもたちに対してドイツの原発労働者と同様の被爆限度基準を設定」)より、専門家のコメント: エドムント・レンクフェルダー(オットーハーグ放射線研究所)「明らかにがん発症の確率が高まる。基準設定により政府は法的には責任を逃れるが、道徳的には全くそうではない。」