「ちょっとやってみてごらんなさい」
と言うAさんのことばにのせられ、はじめて木琴のようなバチを握った。
ティンクリックは木琴のような竹製の楽器で、5音階(チューニングは平均律ではない)、2オクターブからなる。
片手で木槌を握り、叩いた側からもう片方の手でミュートしていく青銅製のガンサとは違って、両手にバチを握って両手で叩く。
音色も、金粉をまき散らすような甲高いガンサとは違って、やわらかい。
田んぼを吹き抜けていく風がカラコロと鳴らすウィンドチャイムのような音。
Aさんの後について、スケール練習のような単純なメロディーをオクターブで奏でる。
ミとファの間に黒鍵がないことによって1オクターブが視覚的に認識しやすいピアノと違って、何の目印もないティンクリックは、どの鍵盤とどの鍵盤が1オクターブの対応関係になっているのかが視覚的に分かりづらく、時々道を踏み外して不協和音を奏でてしまう。
だんだん慣れて道を踏み外さなくなると、Aさんが複雑な合いの手を入れてきて、美しく絡み合う。
竹の振動が体に響いてきて、叩いている本人がいちばん心地よい。
日が沈む前に、Aさんのお宅をお暇し、Sさんとサヤンへ向かう。
1930年代にこの地に家を建て、通算で5年ほど滞在したカナダ人音楽家コリン・マックフィーの住居跡に案内するためだ。
ガムランの響きに惹かれてバリを訪れ、島中を音楽探訪して回ったコリン・マックフィーは、”A House In Bali”(日本語版タイトル「熱帯の旅人」)という著作に、その追憶をユーモアと情緒あふれる筆致で生き生きと描いている。
この本を愛して止まない私は、とうとう彼の住居跡を探し当ててしまった。
サヤンテラスと呼ばれるその土地は高台の崖っぷちにあって、椰子の木の茂る谷を眼下に見下ろせる。
コリン・マックフィーの住居跡は今はホテルになっていて、母屋だった部分は客室の一部となっている。
いつか泊まって、”A House In Bali”を読み直してみたいなあ。
Sさんが見たこの日のウブド:
http://www.flickr.com/photos/tm1sart/sets/72157627346258639/