以前ご紹介した写真家・樋口健二さんのドキュメンタリー「隠された被曝労働〜日本の原発労働者〜」でも採り上げられていた嶋橋さんご夫妻は、浜岡原発で働いていた息子の伸之さんを白血病で亡くした。
伸之さんは高校卒業後、中部電力の孫請け会社に就職し、浜岡原発で働いていたが、8年後に白血病を発病。2年間の闘病の末、29歳で亡くなった。
伸之さんの被曝量は年間7ミリシーベルト程度。8年間の積算は50ミリシーベルトほどだった。
嶋橋さんご夫妻は伸之さんが亡くなってから2年後に労災を申請し、6年後に認定を勝ち取った。
福島県の学校施設の使用可否基準として文科省が通達した年間20ミリシーベルト(3.8マイクロシーベルト/時)という数字が、いかに異常か分かるだろうか。
日本の原発労働の実態については、樋口健二さんのドキュメンタリー「隠された被曝労働〜日本の原発労働者〜」を是非ご覧ください。
また2003年6月8日にスペインの新聞エル・ムンド紙に掲載されたこちらの記事も是非お読みください。