2011年7月29日金曜日

Sさんがやって来た

シンガポールから帰ってきたこの日、日本からSさんがやってきた。

2006年にSさんの住む盛岡を、私が旅の途中で訪れて以来だから、5年ぶりの再会になる。


Sさんとは10年前、ここウブドで知り合った。

80年代に摩訶不思議なケチャの存在を知って以来、ずっと気になっていたここバリ島を、ようやく初めて訪れたときのことだ。

ある夜、ウブド近郊の小さな村にジョゲッ・ピンギタンという神聖な踊りを観に行くツアーに参加した。

神がかったような踊り子と、竹のガムランのやわらかな響きが素晴らしく、何か記録になるものがほしかったが、そのときカメラを持っていなかった。周りを見回してみると、大きな望遠レンズをつけた立派なカメラで写真を撮っている人がいる。公演が終わった後、おずおずと写真を売ってもらえないか聞いてみた。その人は東北のやわらかなアクセントで「売るだなんてとんでもない」と恐縮し、数日後、私の泊まっていた宿にわざわざ写真を届けてくださった。お金は受け取ってくれなかった。

それがSさんだった。


お話ししてみると、岩手県の中学校で美術を教えていて、バリの芸能に惹かれ、休みの度にバリを訪れているという。

Sさんはその後バリ好きが昂じて、教職についていた中学校でバリをテーマに特別授業を持ち、私財を投じてガムラン1セットを購入し、ウブドからガムランの先生と踊りの先生を招いて、中学生にガムランと踊りを仕込み、発表会をするという偉業まで成し遂げてしまった。

そして3年ほど前には、当時の生徒さんたちを連れてウブドを再訪されたが、当時、私はまだタイのチェンマイに住んでいたので、お会いすることができなかった。


現在は宮古市に赴任しておられる。

311日の震災では、Sさんご自身は無事だったものの、宮古市は津波で大きな被害を受けた。

お世話になったガムランの先生や踊りの先生に心配をかけたので、元気な顔を見せたいと、3年ぶりにやって来られたのである。


私のシンガポールからの到着が夜だったので、この日はお会いすることができなかったが、S さんはティルタ・サリ楽団の公演を観に行って、またたくさん美しい写真を撮っている。


Sさんが見たこの日のウブド:

http://www.flickr.com/photos/tm1sart/sets/72157627456126318/