2008年10月8日水曜日

インドネシア語考(その5):借用語天国

インドネシア語が借用語天国であることは、割とすぐに気付くことである。

まず街中で色々なサインを目にすれば、英語からの借用語は容易に 想像がつく。sekolah はどう考えてもschool だし、taksi はtaxi、bisはbus、polisiはpolice、informasiはinformation、universitasは university、stasiunはstationであろう。

最初に習う挨拶”selamat ...”というのからして、すでにアラビア語っぽい。



レッスン3くらいでポルトガル語起源と思われる単語が数多く出てきたときには驚いた。まさかインドネシアでポルトガルの足跡に出会うとは予想もしていなかったからである。

具体的に挙げてみよう。以下、インドネシア語 – ポルトガル語(日本語訳)の順に列記する。
gereja - igreja(教会), jendela - janela (窓), mentega - manteiga(バター), keju - queijo (チーズ), markisa - maracujá(パッションフルーツ), sepatu - sapato(靴), kemeja - camisa(シャツ), boneka - boneca(人形), bola – bola (ボール), roda – roda(輪), Natal- Natal(クリスマス)

マレーシア、コタキナバルにて "gereja"(教会)の文字が読める

"PARKIR RODA DUA"(二輪車駐輪) ポルトガル語話者ならばすぐに意味が分かる

英語は世界的な趨勢として、アラビア語はイスラム教国であることからして分かるのだが、なぜポルトガル語まで入っているのか、ずっと疑問だった。インドネシアの歴史を見ても、近年独立した東ティモールが旧ポルトガル植民地で、現在もポルトガル語を公用語としていることを除けば、それ以外のインドネシアの地域がポルトガルの支配を受けたというような記述は見当たらないのである。

ところが、マラッカ海峡周辺で使用されていたマレー語ベースの交易語がインドネシア語の元になっているという出自を知るに至って、疑問が氷解した。

マラッカはオランダの支配を受ける前、ポルトガルの支配を受けた歴史があり、現在でも当時のポルトガル人の末裔の人々が住んでいるからである。それならばマラッカ周辺のマレー語に多くのポルトガル語語彙が入っていても不思議ではない。

他にも、フランス語起源と思われるkado - cadeau(贈り物)、イタリア語起源かと思われるkamar – camera(部屋)など、おもしろいように出てくる。

ウィキペディア「マレー語」、ウィキトラベル「インドネシア語会話集」によれば、マレー語とインドネシア語は90%前後一致するが、植民地時代の宗主国の違いとそれによる借用語の来歴により語彙に差が生じているそうで、マレー語は英語とアラビア語の影響、インドネシア語はオランダ語、ジャワ語、サンスクリット語の影響を受けている、という。この3つの言語が分かる人なら、もっともっとたくさんの借用語をインドネシア語の中に見つけられることだろう。

(続く)