散歩はjalan-jalan。どういたしましてはsama-sama。だいたいはkira-kira。男はlaki-laki。いろいろはmacam-macam…
インドネシア語には畳語(繰り返す言葉)が多い。
亀はkura-kura、蝶々はkupu-kupu、イルカはlumba-lumba、おみやげはoleh-oleh…
まるでポリネシア系言語のようである。
調 べてみると、オーストロネシア語族(台湾から東南アジア島嶼部、太平洋の島々、マダガスカルに広がる語族)には文法的機能をもった畳語が多いという。ポリネ シアっぽいという私の印象はなかなか的を射ていたことになる。そしてインドネシア語は複数を表すのに畳語が使われることで有名だという。
かわいいなあ、こんなにかわいい言葉で喧嘩ができるんだろうか…、と最初はいらぬ心配をした。
日本語の畳語は、
副詞的表現:「大体」、「色々」、「時々」など
名詞の複数を表す:「山々」、「村々」、「国々」、「人々」、「神々」、「日々」など
がある。
しかし、日本語の場合、この名詞の複数を表す用法は、畳語を形成できる名詞が慣用的に決まっていて、例えば「川々」とか「本々」とは言えない。
ところが、インドネシア語の場合、複数を表す文法的機能として、任意の名詞や形容詞で畳語が形成できるのである(但しルールがある)。
例えば、
ibu-ibu(おばさんたち)、pak-pak(おじさんたち)、anak-anak(子どもたち)、buku-buku(本々)、sekolah-sekolah(学校学校)
と自由自在である。
形容詞も複数を表すため(形容する名詞が複数であることを表すため)に畳語にする。
Mobil di jalan-jalan di Jakarta bagus-bagus.
(ジャカルタの道々にある車は良い良い)
というふうに。
(続く)


