2011年6月19日日曜日

原発交付金という麻薬


日本を出る前、私は日本中を旅した。

最後の旅は青森・北海道。

東京から高速バスで弘前に入り、津軽半島、白神山地をめぐって、下北半島へ移動し、恐山、大間をめぐり、大間からフェリーで函館へわたって、北海道をまわった。

その旅で私はすっかり青森ファンになった。厳しくも雄大な自然。素朴な人々。津軽三味線のソウルフルでパッショネートな響き。同じ青森でも津軽と下北では言葉が全然違う。アメリカのディープサウスになぞらえて、私は青森を日本のディープノースと命名した。

下北半島は自然がいっぱいで、温泉もあって、アウトドア好きには人気が出そうなところなのに、人が少なくて穴場だと思ったし、大間のマグロの一本釣りの話には「老人と海」みたいだなあと惚れ惚れした。

その頃の私は原発のことなどまったく無知だったので、大間の町には原発交付金で作られたピカピカの温泉施設やら新しい箱物がたくさんあったが、その意味することをよく考えなかった。

そして今この映像を見て、暗澹とした気持ちになった。


上関では推進派の人が「他のことで地域振興しようとしたがだめだった。だから原発に希望をかけた。町づくりは金がなければできない。(もし原発建設が白紙撤回となったら)気も狂わんばかりだ」と言った。

大間では町議会議員が「他のことで地域振興しようとがんばったがだめだった。福島の事故があって、原発建設が中断されて、旅館や民宿は経済的に疲弊している。何とか原発建設を安全に進めてもらいたい」と涙ながらに訴える。


原発交付金(電源三法交付金)は麻薬のようなものだという。

国は原発候補地として貧しい過疎地に狙いを定める。狙われた過疎地は蛇に睨まれたカエルのようになってしまう。反対派と賛成派で二分され、地域社会に亀裂が入る。国は札束で頬を叩いて、人々の心を買う。一度お金をもらってしまったら、もうそのお金無しでは生きられなくなる。


それでも、祝島の人たちは、目の前の海をお金で売ってはいけないという信念があったから、30年も反対運動をし続けている。

「わたしらはね、この海や山のおかげで生きてこれたんよ。じゃけえね、わたしらの代で勝手にお金に換えちゃあいけんものなんよ」


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参考資料: 電源三法交付金 地元への懐柔策

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